ゴングと同時に神田が飛び出す。ステップは明らかにボクシングのそれだ。掌底のジャブをブロックしながら、伊達は困惑していた。
「ボクシングじゃなくてプロレスなのに…。」
団体のエース伊達遥に挑む、ボクサー上がりの期待の新人、神田幸子は決意を固めていた。
「プロレスでは勝負にならない。ならば自身の格闘ベースであるボクシングで挑もう。3分でケリをつける!」
ブーイングも叱責も覚悟の上だ。伊達に自分を刻むにはこれしかない。
何とかプロレスにするべく、組み合おうとする伊達をあざ笑うかのように、神田はすばやいステップで距離を取りながら掌底を打ち込む。ならばと、神田の出足にローキックを合わせるのだが、意に介さずストレートを見舞う。
「ローは効いているはずだから、このまま行けば間違いないけど…。」
伊達のローキックは確実に神田の左ひざにダメージを与えている。事実、神田のスピードは徐々に下がり、手数も減りはじめた。長期戦になれば伊達の勝利は確実である。
「これで、プロレスになれば…。」
動きさえ止めれば、ボクシングスタイルを捨てて、プロレスをするだろう。そうすれば、
「無駄に怪我をさせなくてすむ…。」
そんな迷いが表に出たのか、伊達の動きにスキが生まれた。
「今だ!」
痛む左ひざもかまわず、神田が踏み込む。すでに拳は握られている。反則上等。ボクサー時代の必殺コンビネーションを叩き込む!
ドサッ!
次の瞬間、リングに倒れ伏したのは神田自身であった。パンチを繰り出す寸前、伊達のハイキックが神田の意識を刈り取ったのだ。
「……!」
一番驚いたのは伊達本人である。神田の殺気に体が反応してしまい、ハイキックを叩き込んでしまった。
明らかに「しまった」という表情で立ちすくむ伊達は、レフェリーに促され慌ててカバーに入る。意識のない神田に返すすべはなく、カウント3が宣告された。
○伊達遥(2分 ハイキック→フォール)神田幸子×
その後、ファンの間では神田のボクシングを一撃で沈めた伊達とともに、伊達の本気を引き出した神田の評価も上がることになる。
幸い、神田の骨や脳に異常はなく、次のシリーズから無事に復帰。ボクシングスタイルをベースとしながらも積極的にプロレスに取り組むようになった神田の姿が見られるようになった。