チャンピオン

 新女恒例のシングルリーグ戦も最終日を翌日に控え、武藤めぐみと結城千種の全勝対決という最高の盛り上がりを迎えることとなった。
 一方、シングルのベルトを持つマイティ祐希子は、その武藤と結城に敗れ2敗となり、優勝の可能性を失っていた。

「お疲れ様です。」
 試合を終えて会場を出る祐希子に、なじみの番記者が声を掛ける。
「お疲れ~って、私なんかより武藤と結城に話を聞きに行ったほうがいいんじゃないの?」
「いいえ、リーグ戦の優勝者が次期シリーズでベルトに挑戦するんです。ぜひチャンピオンの話を聞きたくて。」
 祐希子の意地悪な問いに記者は答える。どうやら簡単に終わりそうにない。
「そう。立ち話もなんだし、あっちで話しましょ。」
 目に入ったファーストフード店に入り、2人掛けの席に座る。

「で、何が聞きたいの?」
 単刀直入に祐希子が切り出す。
「武藤選手に結城選手。2人とも強くなりましたね。」
「そうね。リーグ戦もここまで全勝。私に勝った試合にしても、両方とも完全に力負けよ。」
 肩をすくめる祐希子。
「祐希子選手から見て、2人はどう写ります?」
「うーん、まず武藤だけど、あのコの身体能力は間違いなく当時の私より上ね。」
「祐希子選手よりも?」
「ええ。それに試合を組み立てるセンス、勝負勘、どれをとっても武藤はトップクラスのモノを持っている。まさに『天才』ってヤツね。」
 記者からすれば祐希子も天才に違いないのだが、その祐希子が言うのだから武藤は紛れもない天才なのだろう。
「では、武藤に穴はない…と?」
 首をふる祐希子。
「才能があるだけに完璧を求めてしまう…。自分の思い描いた試合内容で、フィニッシュまで先に決め込んでしまう。だから、予想外の反撃や思わぬ粘りに対処が遅れてしまう。それに…。」
「それに?」
「天才タイプはあきらめが早いの。なまじ先が読めるだけに、これ以上頑張ってもって思うのかな。だから、勝負に対する執着心が薄い。武藤の欠点はその位かな。」
「しかし祐希子選手に勝った試合では、ジャーマン、ムーンサルトを返しての粘り勝ちでしたが?」
「うん。ここに来て、あのコにもがむしゃらさが出てきたみたいね。きっと結城のおかげだと思うけど。」
「結城選手の?」
 笑みを浮かべて祐希子がうなずく。
「そう、結城は武藤と違って目立った才能はないわね。あえていうなら足腰の強さと…。」
 親指で自分の胸を指す。
「ハートの強さね。」
「…ハート…根性ですね。」
「彼女の練習量はウチの中でも恵理と匹敵するよ。強くなるために自分を信じて…。結城の精神力は並大抵じゃないわよ。」
「確かに。祐希子選手との一番でも、試合終了間際に完璧なバックドロップで投げきりましたね。」
「あのコの強さは体力を超えたところにあるからね。」
「では、結城選手の欠点は…。」
「今言ったことの裏返しね。粘り強いということは、相手のペースに合わせて試合をしている証拠。勝ち味の遅さで勝機を失うこともあるからね。」
 喉が渇いたのか、コーヒーに口をつける祐希子。

「なるほど、こうして話を聞きますと随分と好対照な2人ですね。」
「でもね、結城のハートの強さがあったからこそ武藤は粘り強くなったし、武藤が常に先を行くからこそ結城も諦めずに努力し続けた。もしも、どちらか一人だったらここまでの選手になれたかどうか…。」
 南や来島などの黄金世代の中で勝ち抜いてきた祐希子だからこそ言える言葉だろう。記者も素直にうなずいた。
「ありがとうございます。…それでは本題に入りますが…。」
「え?今までのは本題じゃなかったの?」
 空気がすこし軽くなる。
「ずばり、明日の勝者はどちらだと思いますか?」
「私はどっちにも負けてるから、答える資格はないと思うけど?」
 と言いつつ、うーんと首をひねる祐希子。
「正直、分からないなあ。お互い負けたくない相手だし。あえて言うなら、私のことを先に忘れたほうが勝つと思う。」
「と、言いますと?」
「勝ったほうが優勝とか、私のベルトに挑戦できるとか、余計なことを考えていたら負けるってこと。目の前の相手だけに先に集中した方が勝つんじゃないかな。」
「それくらい、2人の実力は拮抗しているってことですね。」
 祐希子はうなずき、残りのコーヒーを飲み干す。

「話はこれで終わりかな?ごめんね、きちんとした予想ができなくて。」
「待ってください!まだ、祐希子選手自身の話を聞いてません。」
 真剣な表情の記者に、きょとんとする祐希子。
「3位狙いのコメントじゃ記事にならないわよ?」
「そうじゃなくて。祐希子選手は明日の勝者とベルトを賭けて戦うんですよ?つまり…。」
「世代交代の時がやってきた…。こう言いたいんでしょ。」
 あえて言わずにいた記者の言葉を、祐希子は代弁する。
「私は2人に負けてる。どっちが勝っても、ベルトの移動は固い…。記者さんもそう思ってるんじゃないの?」
「あ、いや私は…記者ですから、起こったことを書くだけで…その…。」
 慌てる記者の姿を、くすくすと見つめる祐希子。不思議とその表情には怒りや不安の色はない。
「ごめんね。私が理沙子さんに挑戦した時も、みんなこんな感じだったのかなあって思って。」
 祐希子は窓の外に視線を向ける。自分がベルトを巻いてから数年、この街の風景もだいぶ変わってきた。
「私がパンサー理沙子を倒したように、マイティ祐希子もいつか誰かに倒される。頭では分かってるのよ。」
 記者に、というよりも自分に言い聞かせるように続ける。
「でもね、力がつきました、強くなりました。じゃあ、あなたがチャンピオンです。それだけじゃないのよ、プロレスは。理沙子さんやカオス達から私は教わった。ベルトが、チャンピオンという立場が作り出す強さっていうモノを。ベルトを巻くために必要な強さってモノを。」
 祐希子の目がレスラーの、チャンピオンのそれに変わる。
「だからね、明日の試合で分かると思うの。あの2人にベルトに挑戦するだけじゃない、その上の力があるかどうかが。」
 この言葉は、この場にいない2人に向かって発せられているのだろう。
「私も楽しみなの、明日の試合が。どっちとベルトを賭けて戦うのか。私もベ…。」
 一瞬、言葉を飲み込む。
「…私も簡単には負けないから。」
 記者は祐希子の瞳の陰りを見逃さなかった。言いかけた言葉も察しがついた。しかし、こちらからは何も言うことはできない。発せられたコメントだけが真実なのだから。

「これでいいかな?私の話。」
「はい、長い時間引き止めて申し訳ありませんでした。コメント、ありがとうございます。」
「私も言いたいこと言ったら、スッキリしちゃった。…あ、できたら今日のコメント、タイトルマッチの後までナイショにしておいてくれるかな?」
 指でバツ印を作ってウインクする。意図を汲み、記者はうなずく。
「分かりました。今日の話はオフレコってことで。」
「えへへ、ありがとう。じゃあ、早く帰らないと晩御飯なくなっちゃうから、バイバイ!」
 笑顔で手を振ると、祐希子は店を飛び出す。見送ると、記者は手帳を胸ポケットへとしまう。
 長年の付き合いのある番記者だからであろう。彼女は弱気、いや達観ともいえる言動を見せた。
「あ…。」
 記者は思い出す。駆け出しの頃にベテラン記者に押しつぶされながら垣間見たパンサー理沙子の表情を。祐希子とのタイトルマッチを翌日に控えた理沙子の姿が、店を出る祐希子の笑顔と重なった。

 夜空を見上げる祐希子。
 街の中では目に見える星など数えるほどしかない。その星もいつか輝きを失い、新しい星が瞬くことになる。
「めぐみ、千種…。全力で私に挑みなさい。私もベストの状態で戦えるのは、次で最後だろうから…。」
 マイティ祐希子にしか伝えることのできないメッセージ。そのためには、最強のチャンピオンでなければならない。
 屈伸を一回。ひざに軽く電気が走るが、このくらい。
 祐希子は寮に向かって走り出した。

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