ミミ吉原のバースディ

 コン、コン…。
「はい、あら…?」
 ノックの音に応え、ミミ吉原が扉を開けると、部屋の前に斉藤彰子が立っていた。
「どうしたの?こんな時間に。それにその格好…。」
 そう、時間はすでに夜の10時を回っている。しかも斉藤は空手着を着たままだ。
「練習熱心なのはいいけど、無理はよくないわよ。」
 部屋に招き入れる吉原。おずおずと斉藤が後に続く。
「は、はい…。」
 どうにも斉藤の様子がおかしい。顔を赤く染め、胸元を隠すように両手でおさえる姿はどうにも「女の子」っぽく、普段の彼女からは想像できない仕草である。
「あ、あの…。吉原さん、今日…誕生日でしたね。」
 唐突に斉藤が切り出す。
「ええ、覚えていてくれたのね。」
「それで、プ、プレゼントを…。」
「まあ!悪いわ、そんな気を使ってもらっちゃって!」
 と言いつつ、吉原は笑顔を浮かべる。誕生日プレゼントを貰って嬉しくないわけがない。ましてや、自分を追ってプロレス界入りした斉藤の贈り物ならばなおのことだ。
「い、いえ!他ならぬ吉原さんのためですから…!」
 きっとプレゼントを贈るなんてことに慣れてないのね。緊張する斉藤が吉原には微笑ましい。
「それにしても…。」
 見たところ、箱や袋を持っているようには見えない。よほど小さい物だろうか。
「こ、これがっ、ププ・プレゼントです!」
 裏返った声とともに、斉藤は道着の上を脱ぎ捨てた。


「………(あんぐり)。」
 さらしの前に赤いリボンをあしらえた姿の斉藤を、吉原はただ呆然と見つめるしかなかった。
「………っ!」
 リボンよりも真っ赤な顔で、斉藤は立ちすくむ。よっぽど恥ずかしいのだろう。
「…ねえ斉藤さん、これは…?」
 どうにか声を絞り出し、質問する。
「わ、私がプレゼントでしゅ!どうぞ、召し上がってくだしゃい!!」
 噛んだ。顔だけでなく、全身が赤く染まる。
 一方の吉原は、飛びかけた意識をなんとか現実に引き止めていた。斉藤が噛んでくれたおかげで、どうにか踏みとどまれた。
「…どういうことかしら?」
 努めて穏やかに。吉原は精一杯の笑みを浮かべて、斉藤の肩に手を乗せる。斉藤は何かしでかした幼児のように震えている。
「そ、その…。吉原さんへのプレゼントが思いつかなくて…。」
「それで、こんな?」
「富沢に相談したら、大事な人には自分自身をプレゼントするのが一番だからって、この格好を…。」
 ああ…。吉原はこめかみを押さえる。聞いた斉藤に答えた富沢。確かにこうなるのも無理はない。謎は解けたが、頭痛だけが残された。
「わ、私なんかじゃ…吉原さん、迷惑ですよね?」
 眉間にしわを寄せる吉原の姿に、斉藤が脅える。だが、吉原は道着を拾うと、斉藤の肩に掛け、にっこりと微笑む。作り物ではない本当の笑顔だ。
「精一杯のプレゼント、ありがとう。斉藤さん。」
 ようやく緊張が解け、斉藤が安堵のため息をつく。
「私は用事を片付けてくるから、普通の格好に着替えて待ってて。ううん、すぐ戻るから。」
 斉藤の頭を撫でると、吉原は部屋を飛び出した。

 数分後、寮内に富沢レイの絶叫が響き渡った。
 後日、富沢は語る。
「お、鬼を見た…。」

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