「めぐみは何をお願いしたの?」
初詣の帰り道。わたしはめぐみに問いかける。
「まあ、事故と怪我だけはないようにってね。」
当たり障りのない答え。わたしが聞きたいのは、そんなことじゃないのに。
「ふうん。何か目標とかはないの?」
「それは自分の力で叶えるもの。神様や他人にお願いすることじゃないわ。」
まったくもって、めぐみらしい。さっきの答えも話に合わせた嘘なんだろう。
「あはは、めぐみらしいね。」
そう返すしかなかった。
「…そういう千種は何をお願いしたの?」
そんなわたしを見て、ばつが悪そうにめぐみが聞いてくる。
「わたし?わたしはねえ…みんなの無病息災と、お客さんがたくさん来てくれることと、野球でヒットがたくさん打てるようにと、それからそれから…。」
数え上げると結構お願いしている。100円しかお賽銭入れてないけど、大丈夫かなあ。
「千種らしいね。」
呆れたようなめぐみの顔。わたしは足を止め、一つ呼吸を置く。
「…最後に一番大事なお願い。」
これは本当の、本気の願い。
「今年は祐希子さんのベルトに挑戦したい。」
めぐみの表情が変わる。私の気持ちが伝わったのだろう。
わたしは祐希子さんに憧れてプロレスの世界に入った。
運動オンチだし、ドジで覚えも悪い。でも、祐希子さんみたく強くなりたい。それだけを考えて必死に頑張ってきた。最近では結果も付いてくるようになり、夢が目標に変わることを実感できるようになった。
でも、わたしの前には常にめぐみがいた。
才能。安易に言いたくはないけれど、めぐみには間違いなく才能がある。わたしはただ、がむしゃらに前に進むだけ。だけど、めぐみは課題を理解し、乗り越えるための努力を的確に行い、結果を出してゆく。
レッスルエンジェルス。わたしたち女子プロレスラーは時にそう呼ばれる。
リング上で輝く祐希子さんやめぐみはまさしく天使だ。空を翔る羽を持っている。地面を這いずるわたしは彼女たちを見上げることしかできないのだろうか。
そんなのは…。
「めぐみは去年、祐希子さんとシングルで当たってあと少しまで追い込んでいた。きっと今年はタイトルマッチが組まれるよね。だけど、わたしだって…。」
漏れ出した本音を飲み込む。これ以上の言葉は、今のわたしには遠すぎる話だ。
去年のリーグ戦でめぐみは祐希子さんとシングルで当たり、負けたもののムーンサルトまで出させた。それに引き換え、別組のわたしは南さんには初めて勝てたものの、結局いいところなく終わった。
きっとめぐみのことだもの、今回の敗戦を無駄になんかしない。必ず今以上に強くなって、次に祐希子さんと当るときにはもしかしたら…。
そうだ、これは嫉妬だ。めぐみに対するヤキモチ、ひがみ…。
ああ、わたし今、ヤな顔してるだろうなあ。
「千種だって南さんに勝ったんだもの、タイトルマッチを組んでもらえる可能性はあるわ。…でも、こればっかりは譲るわけにはいかない。」
めぐみの言葉で我に返る。めぐみは真剣な表情でわたしを見ている。言葉の響きに嘘はない。
遠くにいると思っていためぐみが、わたしを対等に評価してくれて本音をぶつけている。それが嬉しくて、さっきまでの嫌な気分が晴れていく。
「ふふっ。めぐみのその言葉が聞きたかったの。」
めぐみのきょとんとした顔がおかしい。
「わたしたち、新年の目標は一緒。神様はどちらのお願いを聞いてくれるのかなあ。」
「あたしはお願いなんかしてないわよ。」
つん、とめぐみは横を向く。
「じゃあ、神様はわたしの味方かあ。」
「100円ぽっちじゃ無理でしょ。」
いつもの調子で、わたしたちは軽口を叩きあう。
「なんだかお腹がすいちゃったね。めぐみ、何か食べてから帰ろ。」
わたしはめぐみの手を握る。
「うん、賛成。」
めぐみはわたしの手を握り返す。
わたしの前を飛んで行く天使。
頑張ろう。彼女の羽に届くように。
めぐみに負けないように。
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