六角葉月VS南利美 1 ~前夜~

「六角さん。お願いがあります。」
 練習を終え、ジムを出ようとする六角の前に突然現れると、南利美は切り出した。
「何だい。お姉さん、金なら持ってないぞ?」
 軽く切り返そうとする六角だが、南は譲らない。
「いいえ、明日の試合のことです。」
「ん?ああ、そういや明日はあんたとだったな。」
 翌日の興行で六角は南とシングルで試合を組まれていた。

 マイティ祐希子に敗れたパンサー理沙子が呼び寄せた用心棒。六角葉月はベテラン勢の助っ人として、主に理沙子とのタッグで祐希子率いる新世代軍との抗争に参加。百戦錬磨のテクニックで存在感を見せ付けている。
 一方、南は祐希子と同世代でありながら新世代軍に組せず、一匹狼として活躍。先のシリーズではミミ吉原を破り、関節のヴィーナスの座を我が物にしつつあった。
 そして、ついに新旧テクニシャンの直接対決が実現する。

 南の関節技は六角のキャリアに通用するのか。
「今の南に折れぬものなどない!」
「いいや、六角が本気を出したら南といえど瞬殺だ!」
 濃いファンの間では南派と六角派に分かれ、答えのない議論がなされていた。
 答えを知りたいのは、もちろんファンだけではない。

「明日の試合、本気でお願いします。」
 南の刺すような視線が六角を襲う。
「おいおい、あたしゃいつだって本気だよ。」
 涼しい顔で答えるが、南の表情は変わらない。
「知っています。ただ私は、<本当の六角葉月>と、戦いたいのです。」
 すうっと六角は目を細める。
「…本気で言ってるのかい?」
「…はい。明日、私はプロレスをしません。本気であなたを潰しにいきます。」
 表情は変わらぬものの、南の頬が徐々に紅潮していくのが分かる。
「くれぐれも…本気でお願いします。」
 これ以上六角の前にいれば、湧き出る闘争心を抑えきれなくなるのだろう。南は踵を返し寮へと戻る。
「おーい、今日はバイクに乗らないのかい?」
「…すべて、あなたにぶつけます。」

 南の姿が見えなくなると、六角は軽くため息をついた。
「やれやれ、面倒なことになったねえ。」
 しかし、六角の顔には笑みが浮かんでいる。
「ああいうのは、いつでもどこでもいるもんだな。」
 昔の自分を思い出しながら、シャワー室へと向かう。
「しゃーない。今日は飲まずに寝るかね…。」

 →第2話へ進む

 小説トップに戻る

 トップに戻る