「まいったね、こりゃ。」
六角葉月は呆れるしかなかった。
試合開始から3分。対戦相手の南利美は六角の隙を伺いながら距離をとるだけで、一度も組み合っていないのだ。もっとも、六角が隙を見せないからこそ膠着状態が続く訳なのだが。
「お見合いやってんじゃねー!」
「真面目にやれー!」
焦れた観客から野次が飛ぶ。
「私はプロレスをしません。」
昨夜の南の言葉がよみがえる。
「そうは言っても、あたしゃプロレスで飯食ってんだよねえ。」
組み合うべく、六角は右腕を伸ばす。
無造作に出されたその腕を南は捕らえるや否や、背後に回り脇固めに捕らえようとする。
「…ッ!マジか!?」
極まる寸前、力任せに右腕のロックを外し間合いを取ろうとするが、南の攻撃は止まない。二の矢、三の矢と六角の関節を狙ってくる。
「なるほど。昨日の言葉は嘘じゃないってか。」
瞬殺を逃れ、落ち着きを取り戻した六角は南の攻撃に冷静に対処すると、正面から南の胴体を抱え込む。
「今度は、こっちの番だよ!」
アマレス仕込みのブリッジで、そのままバックに放り投げる。サイドスープレックスである。
「グッ!」
背中からマットに叩きつけられ、南の息が止まる。
「ハッ…、アッ!」
息を吸い込むが先か、今度は六角が南の左腕を狙う。
慌てて腕を引いてかわすと、その先を読んでいるかのように次の攻撃が繰り出される。必死に逃れようとするのだが、六角は冷静に南を追い詰めていく。
「どうした?この程度であたしを潰そうって言うのかい。笑わせてくれるねえ。」
「…こんなものじゃ…」
頭突きで動きを止めると、南は反撃に出る。
「…ない!」
「そうでなくちゃ、こっちもシラフでリングに立った甲斐がないよ!」
嬉しそうに六角も受けてたつ。
一進一退の攻防が繰り広げられている中、観客はリング上の異様な空気に困惑していた。
何せ3分以上睨み合い、試合が動いたと思えばひたすら関節技の応酬である。それ以外の技と言えば、脱出の際のエルボーかキックぐらいのものである。2人は離れることも休むこともなく、ひたすらグラウンドの勝負を行っているのだ。
「何、道場マッチなんかやってるんだ!」
「お前らレズか!」
退屈した観客から汚い野次が飛ぶが、次第に会場は静まり返っていく。
試合から、六角葉月と南利美の姿から目が離せない。
2人の繰り出す関節技は、スリーパーのような絞め技や逆エビのような痛め技ではない。ただ、相手の関節をてこの応用で逆に極める破壊技ばかりなのだ。
一瞬でも気を抜けば破壊される。ギリギリの勝負を続ける2人の殺気に、観客は瞬きの時間すら惜しむほど試合に飲まれていくのだった。
一つの技を返しても、上下左右ありとあらゆる角度から同じ関節が極められようとする。と思えば、予想もしない方向から別の関節が狙われる。獲ったと思えば次の瞬間、自分の関節が悲鳴を上げる。
血を吐きながら体に叩き込んだ技と、瞬間の判断力を失わない冷静さ。それに確実に獲物を仕留めようとする闘争心。
ピンチには最善の回避を。相手の先の先を一瞬で見切る集中力を。極めた瞬間に狩る冷酷さを。
肉体を、神経を削り、2人の狩人は、互いに築き上げたテクニックを本能のままぶつけ合っていた。
「こいつ…。」
極限状態の中、六角は観察した対戦相手に呆れていた。
「こんな、至近距離でピストル撃ち合っているような中で…。」
「笑ってやがる…。」