ビューティ市ヶ谷率いるJWI。
シリーズ最終戦のメインイベント。リング上で市ヶ谷は不満げに視線を上に向ける。
市ヶ谷の前に立つは190センチの巨人、大空みぎりである。みぎりは市ヶ谷の視線に動じることなく、レフェリーの注意にうんうんと頷いている。
大空みぎりは本来、寿千歌軍の一員として新女こと新日本女子プロレスに参戦しているはずである。確かに、みぎりは新女正規軍との抗争を繰り広げていた。ところが、打倒市ヶ谷をあきらめきれない千歌はみぎり一人を引き連れ、JWIへと殴り込みをかけたのだ。
その巨体から色モノ的な見方をされたみぎりであったが、小川ひかるを秒殺、村上姉妹とのハンディキャップマッチも二人まとめて圧殺刑、ついにはJWIナンバーワンの巨漢、グリズリー山本を必殺の超高層ボディスラムで場外へ投げ捨てて失神KO勝ちしたとあっては評価が一変する。
吹き荒れる大型台風の猛威に、小川の師匠である南利美、ヒールトップの八島静香が打倒みぎりに名乗りをあげる。しかし、
「あんなウドの大木に好き放題させるとは何たる失態。私直々に黙らせましょう。」
団体エースの市ヶ谷自らが、みぎり退治を発表したのだ。
敗れれば千歌を喜ばせるどころか、団体の危機である。だが、市ヶ谷は涼しい顔で言ってのけたのだ。
「あの素人娘、いいえ我が団体のメンバーならびに全国600億の私のファンに、本当のプロレスと言うものを教えてさしあげますわ。オーホッホッホッホ!」
「まったく…不愉快ですわね。」
頂点に立つ者である市ヶ谷にとって、他人を見下すことはあっても、見上げることなど許される行為ではない。
(ましてや、こんな素人に…)
みぎりの呑気な顔を眺めているうちに、チェックも終わり、コーナーに戻るよう促される。
「よろしくお願いします~。」
ガツン!
市ヶ谷の脳天に衝撃が走る。みぎりのおじぎが脳天ヘッドバッドとして直撃したのだ。
かつて千歌にもお見舞いした一撃。にもかかわらず、何事もなかったように背を向け、コーナーへと戻る。その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
「…なるほど。面白そうなオモチャですわね。」
「あの天然頭付きにも顔色ひとつ変えないとは…。さすがは憎っくき市ヶ谷。」
みぎりのセコンド寿千歌は、一方的な終生のライバルに感心する。
「せっかく掴んだチャンスです。市ヶ谷の首を取ってきなさい。」
「はい~。お嬢様のために頑張ります~。でも、首を取ったら人殺しになっちゃうので、そこまでは勘弁してくださいね~。」
「ただの言葉のアヤです!まあ、緊張はしていないようですし、期待してますよ。」
ついに届いた市ヶ谷への挑戦権。千歌は緊張を隠しきれずにいた。だが、いつもと変わらぬ能天気なみぎりの笑顔に平常心を取り戻す。
「大物なのか大馬鹿なのか…。何にせよ、これくらいでないとあの女には対抗できないってことね。」
千歌は子悪党気質の割に、試合への介入や乱入、アピールやパフォーマンスを行わない。もちろん指示は送るし、レフェリーに抗議することもあるが、自らがリングに上がることはない。
力に対する敬意を持ち、己の実力を把握している千歌は、自分がリングに選ばれていないことを知っている。だから、みぎりには正面から市ヶ谷を打ち破って欲しいと願うのだ。自分は自分らしく、正々堂々と卑怯な手段で市ヶ谷を社会的にいたぶろう。千歌は身の程を知る悪党という、難儀な人物である。
カーーンッ!
ビューティ市ヶ谷と大空みぎりの一戦の幕が上がる!
(つづく)