ビューティ市ヶ谷VS大空みぎり 2 ~女王は退かない~

 構えなど不要とばかりに、市ヶ谷は悠然とリング中央へ歩を進める。
 と、その胸元にみぎりの右手がぶつけられる。ヘビー級のラリアートをしのぐ逆水平チョップだ。
 衝撃音が会場に響く。
 しかし、市ヶ谷は下がらない。みぎりは右腕を振り切った反動を生かして、今度は左のチョップを打ち込む。
 並のレスラーなら、この連打で充分にKOできるであろう。だが、市ヶ谷は涼しい顔で自慢のバストを突きつける。
「ただ腕を振り回しただけで、私に通用すると思って?」
 言うと同時にダンッと踏み込み、市ヶ谷のチョップがみぎりのみぞおちに食い込む。
「ぐっ!」
 たった一発の攻撃でみぎりの巨体がよろめく。
「この程度も踏ん張れないなんて、これだから素人は…。」
「なら、これはどうですか~。」
 あざ笑う市ヶ谷の腕を掴むとロープに振り、カウンターキックを叩き込む。幾分のけぞるものの、市ヶ谷が下がることはない。
「もう一回です~。」
 再度ロープに振り、迎撃すべく右足を上げる。しかし、市ヶ谷はその右足めがけてタックルをぶつける。バランスを崩し、ダウンするみぎり。
「足を上げただけでは攻撃とは言えませんわね。」
 無様に尻もちをつくみぎりに、会場から失笑が漏れる。
「まだまだ、勝負はこれからですよ~。」

 めげずに立ち上がると、またしても市ヶ谷の腕を取り、今度はコーナーポストへ叩きつける。後を追ってコーナーに駆け寄り、くるりと背を向ける。みぎりの背中とポストで市ヶ谷をはさむ格好だ。
「えぇーいっ!」
 腰を前に突き出し、その勢いでヒップを市ヶ谷にぶつける。滑稽に見えるこの攻撃だが、みぎりとの身長差ではちょうどヒップが市ヶ谷の腹部を直撃する。さしもの市ヶ谷もみぎりのヒップ攻撃に表情を歪める。
「そんな尻をぶつけるだけでは効きはしませんわ。」
 みぎりの後頭部にエルボーをぶつけ、尻地獄から脱出する。
「さて、今度は私の番ですわね。」
 市ヶ谷はまだ頭を抱えてうずくまるみぎりの前に立つと、左腕で頭を抱え、右腕でコスチュームを掴む。
「フンッ!!」 
 腰を落とし力を込める。ブレーンバスターの体勢に、会場がどよめく。
「村上姉妹が二人がかりでもダメだったんだぞ!」
「いくら市ヶ谷でも無理だ!」
「いいや!市ヶ谷様なら象だって持ち上げられる!」
 観客の声を背に受け、市ヶ谷の全身に力が入る。
「い、いやです~!」
 みぎりは必死で踏ん張る。格闘技経験のなかったみぎりにとって、投げられるという行為は恐怖以外の何者でもない。
 だが、市ヶ谷の力によってみぎりの体が徐々に浮き上がる。
「どうして~?」
 経験の浅さゆえ、みぎりは力の使い方を知らない。今もただ力を入れているだけで、本当に踏ん張っている訳ではない。これまではナチュラルパワーで切り抜けてきたが、一流レスラーである市ヶ谷の前では通用しない。
「はああああぁぁぁっ!」
 咆哮とともに、市ヶ谷はみぎりの体を高々と持ち上げる。歓声が会場を包む。
「あ、あ…。」
 さかさまの景色。頭に血が上る感覚。みぎりは抵抗もできずになすがままである。
 市ヶ谷は後ろに倒れこみ、みぎりを背中からリングに叩き落とす。
 衝撃にロープが揺れる。
 初体験の攻撃に放心状態のみぎり。その胸を踏みつけ、市ヶ谷がカウントを要求する。
「ワン…!」
「みぎり…!」
「ツ…!」
「お嬢様!」
 千歌の声に正気を取り戻し、みぎりが上体を起こす。。
「しっかりしなさい、みぎり!あなたは私が見込んだ逸材、市ヶ谷に負けるなど許しませんから!」
「はい!お嬢様!」
 ダメージがないのか、すっくと立ち上がる。
「お嬢様は私に居場所を与えてくれたんです…。だから、負けるわけにはいきません!」

(つづく)

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