ビューティ市ヶ谷と大空みぎりの試合。それを通路から見つめる三人の少女がいた。
「うわー、市ヶ谷さんってやっぱり強いなあ!」
「大空選手をさらに上回るパワー。計算不可能です。」
「………。」
相羽和希、杉浦美月、ノエル白石。新興団体に所属する若手レスラーである。市ヶ谷とツテのある社長の依頼でスポット参戦しているのだ。
「見るのも勉強だって、社長は言ってたけど…。ボクたち市ヶ谷さんみたいになれるのかなあ。」
「あの人は規格外ですから。それでも、試合の作り方は参考になるかと思いますが。」
「………。」
和希と美月の横で、ノエルはじっとリングを凝視している。
「どうしたの?ノエルちゃん。さっきから黙ったきりだけど。」
「………。」
ノエルはくるりと二人に視線を向ける。
「和希…美月…。さよなら…。」
ぽつりとつぶやくと、リングに向かって駆け出す。
「ノエルさん!?」
「ノ、ノエルちゃん!どうしちゃったの!」
「大丈夫ですか、みぎり。」
リングの上で千歌はみぎりを介抱する。リングに上がるのは気が引けたが仕方がない。
「はい…。大丈夫です~。」
弱々しいが、はっきりとみぎりが答える。
「痛むところはありませんか?」
「頭がくらくらしてますが、平気ですよ~。」
どうやら大事はないらしい。千歌は安堵のため息を漏らす。市ヶ谷の攻撃を受けて無傷とはさすがに頑丈な身体である。
「でも~。」
突然、みぎりの目から涙がこぼれる。
「ど、どうしました?」
「私、市ヶ谷さんに負けちゃいました~。約束を守れませんでした…。うえ~ん!」
人目もはばからず泣き出すみぎり。しかし、千歌は静かにみぎりの頭をなでる。
「結果は残念でしたが、よく闘いましたよ、みぎり。」
慰めではなく本音だった。市ヶ谷との正面対決を放棄した自分にみぎりを責める資格はない。間近で見る市ヶ谷の力はすさまじく、よく立ち向かったものだと感心するほかはない。
「それにしても、ここまでやってくれるとは。」
千歌は唇を噛む。実力差からして、市ヶ谷がみぎりを秒殺することも可能であっただろう。だが、みぎりの攻撃をすべて受け、完勝することで市ヶ谷はさらにステータスを上げることに成功した。JWIトップの証明もそうだが、ライバル団体である新女にもビューティ市ヶ谷の実力を見せ付けることに成功したのだ。みぎりは結局、市ヶ谷の踏み台にされただけだった。
「みぎり…。これからどうします?」
ここまでコケにされては、みぎりの心が完全に折れているかもしれない。元々、格闘技の経験がないだけにショックも大きいだろう。もし、これに懲りてプロレスをやめると言っても、千歌は責めるつもりはない。それだけ、市ヶ谷との差は大きすぎた。
「これからって…。また頑張って市ヶ谷さんをやっつけるんじゃないんですか~?」
あっさりと答えるみぎりに、千歌の目が点になる。
「あ、もしかして、私負けたから用済みですか~?」
再びみぎりの瞳が潤む。
「い、いいえ!その…ショックではないのですか?市ヶ谷に負けて…。」
「う~ん。確かに痛かったし、苦しかったし、怖かったですけど~。何となく分かったんです~。」
「分かった…?」
「お嬢様が教えてくれた、私はリングに選ばれたって言葉の意味がです~。」
みぎりはにっこりと微笑む。
「だから、私に居場所をくれたお嬢様のためにも、もっと頑張りたいんです~。」
屈託のないみぎりの笑顔に、千歌の胸が詰まる。
「そ、そうですか。あなたの決意は分かりました。」
慌てて視線を逸らす千歌。こういう純粋な人間はやりづらい。
「しかし、これからどうしたものか…。」
寿軍団に戻って新女相手の抗争に参戦するか。しかし、それでは市ヶ谷に惨敗したうえに逃げ出したというレッテルが貼られるだけで、みぎりにも寿軍団にもプラスにならない。
「そうなると、JWIで名誉挽回を図るしかないですわね。でも…。」
みぎりが単身で乗り込んでいる以上、シングルしかカードが組まれない。そうなると、みぎりの負担も大きいし、JWIとの抗争にも駒が足りない。
「…澪がいてくれれば…。」
思わず行方知れずの妹の名をつぶやく。だが、ないものねだりをしても仕方がない。
「覚悟を、決めるしかありませんわね…。」
自分の技量ではみぎりの足を引っ張るだけだ。しかし、頭数くらいにはなるだろう。
「みぎり、これからは私も…。」
言いかけたところで、何者かがリングに上がり、二人の前に立つ。
「あなたは…確かノエル白石さん…。」
名を呼ばれた黒髪の少女は答えることなく、みぎりに視線を向ける。
「きゃあああぁぁぁっ!」
次の瞬間、みぎりの悲鳴が響く。
何の前触れもなく、ノエルはみぎりの両胸を掴み、揉み始めた。
ばいん、ばいんとみぎりの豊満なバストを激しく揉みしだくノエル。突然の出来事に会場中が呆気にとられる。
「あ、あなた!何のつもりですの!」
我に返った千歌がノエルをどけようとするが、微動だにしない。
「なんて力ですの!?」
驚く千歌をよそに、ノエルはみぎりのバストを堪能する。
「あっ…あふんっ!そ、そんなに、激しくしないで…ください~!」
優しくだったらいいのか?会場中の男性客の心の声を無視し、ノエルの作業が続く。
「ら…らめえ~!らめれすぅ~!」
みぎりの切ない願いが届いたのか、ノエルの手が止まり、むふーっと額の汗をぬぐう。
「一体…どういうつもりですか…。」
事と次第では…。千歌が詰め寄る。
「……大きな風船……。」
みぎりの真っ赤に揉み上げられた両胸を指差すノエル。心なしか満足げな表情だ。
「風船って…。」
予想外の答えに、千歌も言葉が続かない。
「…一緒に…闘う…。」
ようやく、意味の通じる言葉がノエルの口から発せられた。
「つまり…みぎりとタッグを組む…。そういうことでよろしいのかしら。」
恐る恐る問いかける千歌。しばしの沈黙の後、コクリとうなずくノエル。目線はみぎりの胸に釘付けになっている。
(何を考えているか分かりませんが…。またとないチャンスですわ。)
ニヤリと微笑むと、千歌は頭を下げ、みぎりの上半身を突き出す。
「分かりましたノエルさん。あなたのお申出、謹んでお受けいたします。みぎりの風船はあなたのものですわ。」
むふーっ。ノエルは力強くうなずくと、再びみぎりに襲い掛かる。
「そんな~!お嬢様ひどいです~!」
「敗れはしましたが、寿軍に新たな戦力が増えましたわ。見てなさい、市ヶ谷麗華!表と裏から必ずあなたを倒して見せますわ!」
リングに千歌の高笑いとみぎりの悲鳴が響いた。
「ノエルちゃん…。大空さんと組むんだ…。」
和希が自分の胸を押さえながらつぶやく。
「確かに…。私たちでは彼女に敵いませんね。」
同じく胸を押さえて美月が答える。
「冗談はともかく。天然パワーの大空さんとノエルさんのタッグは、何が起きるか分からないだけに脅威ですよ、和希さん。」
「そうだね、ノエルちゃんにはノエルちゃんの考えがあるんだもの。ボクたちも負けないように頑張らなくっちゃ!」
ビューティ市ヶ谷と大空みぎりの試合は、新たな強力タッグを生み出すことで幕を下ろした。
(おわり)