六角葉月VS南利美 4 ~決着~

 六角葉月が相手を本気で極めに行くのは「仕事」のときだけである。トラブルを抱えたレスラーへの制裁。プロレスラーでありながら、六角の技はプロレスに使うことはほとんどなかった。
「悪くないな。こんな試合も。」
 南利美との関節技の応酬のなか、六角もまた悦びを感じていた。己の技を誰に恥じることなく、全力で使うことができる。長いキャリアを持つ六角でありながら初めての体験であった。
「今のあたしも、こいつみたいな顔してんのかねえ。」
 恍惚の表情で自分に向かってくる南の顔を見ながら、胸の高鳴りを感じていた。
「このスリル…。イッちまいそうだよ!」

 六角と南が組み合ってから、時間にして5分ほどしか経過していない。だが、休まず続く攻防は、観客にも当の2人にも何十分もの長い時間に感じられ、そのうえ、永遠に続くのではと思われた。
 しかし、試合は動き始める。体力の差か勝負にかける集中力の差か。次第に六角の息が荒くなり、守勢に回る時間が長くなる。
「ちっ、どうせ挑発するなら先週にしてほしかったな。」
 そうすりゃ一週間禁酒したものを。思わず六角が愚痴る。が、
「あー、そういう言い訳が年寄りくさいのか。」
 と、思い直す。
 体力の残り少ない六角は、無理な姿勢から南の足を取ろうとする。しかし、それは緻密な方程式を解いている最中にいきなりヤマカンで答を当てようとするに等しい行為。通用するはずもなく、南にブロックされ、バランスを崩してしまう。
「まずっ…!」
 無防備な背中を南に向けてしまう。
 チャンスを逃さず、南は六角の左腕を取り、脇固めの体勢に入る。ポジション、角度、申し分のない状況である。
「勝った…!」
 勝利を確信し、南は体重を乗せ…。
「…ツッ!?」
 瞬間、南のわき腹に激痛が走る。予想しない痛みに、ロックしていた手を離してしまう。
 自分の身に何が起きたのか。状況の分かっていない南の背後に六角が回る。
「悪いな。今日ばかりは負ける訳にいかないんだよ。」
「後ろ…、スリーパー!?」
 しかし、六角は得意のラビリンススリーパーではなく、左腕を取ると迷うことなく脇固めに極める。
「…!」
 南にできることは、完全に体重を乗せられる前にマットを叩くことだけだった。

 ○六角葉月(10分13秒 脇固め)南利美×

 →第5話へ進む

 ←第3話に戻る

 小説トップに戻る

 トップに戻る