ギシッ!ギシッ!ギシッ!
トレーニングルームの一角。正規の練習時間を終え他に誰もいないこの部屋で、ボンバー来島はマシーンと格闘していた。
ギシッ!ギシッ!ギシッ!
無心でウエイトマシーンに挑むこの時間が来島は好きだった。悩み事も普段ならどこかへ飛んでいってしまうからだ。
ギシッギシッギシッギシッギシッ…。
ペースが上がる。だが、来島の表情は冴えないままだ。
「…ッ!ダメだーーーーー!」
ついに音を上げてしまう。
「…はあ…。」
らしくもなくため息をつく。
「どうしちまったんだ、俺…?」
実のところ、原因は分かっている。
先日、防衛を果たし次期挑戦者を尋ねられたマイティ祐希子の口から自分の名前が出なかったことだ。
「こんな所で、何をやってるの?」
記者会見場での南利美の言葉が頭から離れない。
「何をやってたんだろ?俺…。」
入団当時から同期の祐希子には負けたくないと思っていた。
だが、ジュニアトーナメント、ジュニアのベルト、海外での実績…。すべて祐希子が自分の先を行っていた。
とどめが革命軍だ。目の前の事だけで精一杯だった自分に対し、祐希子は上を見続けパンサー理沙子に喧嘩を売った。自分はその後をついていっただけだ。せいぜい光が当たるとすれば、祐希子とタッグベルトを巻いたときだけだった。
「俺は対戦相手として認められていないんだ…。」
新女正規軍のナンバー2にしてマイティ祐希子のタッグパートナー。世間の評価に自ら満足していた。肉体を鍛えたところで、牙を磨かず、ぬるま湯に浸った者が勝負の世界で生き残れるはずもない。自ら戦おうとしない者が、どうして相手に敵と認められようか。
「今ごろ、そんなことに気付くなんて…!」
自分の中に闘争心が甦る。だからこそ、祐希子との距離がなおさら遠く感じるのだ。
「しょせん地べたを駆けずる猪は、空を見上げるしかないのか…。」
市ヶ谷に言われる皮肉を自ら口にし、肩を落とす。
「恵理、まだ練習やってたの?」
ひょっこりと祐希子が顔をのぞかせる。
「祐希子…?、どうして…。」
「姿が見えないから、もしかしてと思ってさ。」
祐希子の明るい笑顔を直視できない。
「本当、恵理って練習好きだよねー。」
(何のためだと思ってるんだっ。)
いつもと変わらぬ祐希子の言葉が神経に障る。
「無理して体壊しちゃ元も子もないんだから、ね。」
「うるせえ!」
肩に置かれた祐希子の手を払いのけ、突き飛ばす。
「あっ…!」
しまった、と思うが時すでに遅し。
「ご、ごめん…。恵理が一人で練習に打ち込むときは、大抵悩んでいる時だから心配で…。」
(お前のことで悩んでるんだよ…。)
ありがたいはずの祐希子の優しさに、理不尽な苛立たしさを覚える。
「私たち、同期でパートナーでしょ?私でよければ…。」
決定的な一言だった。来島は祐希子の言葉を無視して立ち上がる。
「悪ぃ。これは俺一人の問題なんだ。ほっといてくれ。」
振り向くことなく部屋を出る来島。残された祐希子は突然の拒絶に呆然とするばかりだった。
深夜のオフィス。いつもなら一人書類に向かう理沙子だが、今は突然の訪問者を相手にしている。
「…話は分かったけど、要求を聞くわけにはいかないわ。」
「でも、俺はあいつと戦いたいんだ!」
理沙子の前に来島が身を乗り出す。
「会社として、いきなりあなたと祐希子を戦わせる訳にはいかないわ。分かるでしょ?」
正規軍のトップ2、しかも元タッグチャンピオンの2人が突然戦う理由はない。プロレスの対戦カードには、そこに至るドラマが必要なのだ。
「分かってるさ、だからこうして頼みに…。」
来島が欲を出してくれるのは嬉しいけど、こう馬鹿正直に頼みに来るのがねぇ。理沙子はため息をつく。
「はっきり言うけど、あなたと祐希子の対戦に誰が納得するの?」
「ぐっ!」
図星である。今の祐希子と来島では立場以前に格が違う。そもそも、それが悩みの元なのだ。
「どう?ボンバー来島を挑戦者として祐希子や観客に納得させる方法はある?」
乱入なりマイクアピールなり、対戦へのドラマを作ることはいくらでも可能である。だが…。
「えーと…。鍛えて強くなって…それから…。」
がっくりと首を垂れる理沙子。この性格が長所であり短所でもあるのよねぇ。
「駄目ね。そんなんじゃ、挑戦なんかさせられないわ。」
「あー、もうどうすりゃいいんだ!」
頭をかきむしり、いらだつ来島。
お互いに言葉もなく、こう着状態となる。
こりゃ徹夜ね…。理沙子が諦めモードに入ろうとする。
「おーほっほっほっほ!何やら面白そうな話ですこと。ここは私に任せて頂けませんこと?」
近所迷惑な高笑いとともに、ブロンドの美女が沈黙を破った。