ボンバー来島の乱 3 ~フラストレーション~

 新シリーズ開幕戦のメインイベント。リング上にはマイティ祐希子、菊池理宇組がすでに入場していた。
 対戦相手はビューティ市ヶ谷、X組。Xとはいかにも前世紀の遺物のような触れ込みだが、海外団体のチャンピオンクラスでも突然連れてくる市ヶ谷のこと、ファンの期待も否応なしに高まる。
「市ヶ谷さん、どんな人を連れてくるんでしょうか…。」
 一方、対戦するレスラーはたまったものではない。菊池が不安げに祐希子に話しかける。だが耳に届いていないのか、答えはない。
 ここにきて、まだ祐希子は集中できずにいた。
「恵理…。」
 トレーニングルームでの一件以来、祐希子は来島に避けられていた。ろくに会話を交わすこともなく、練習も別メニュー。せめて相部屋の宿舎でと試みるが、来島は外泊続きで一人夜を過ごす毎日。祐希子の不安は日を追って増すばかりだ。
「祐希子さん!」
 菊池に肩をつかまれ、我に返る。
「…来島さんのことですか?」
 心配げな菊池の問いに、笑顔で首を振る祐希子。
「開幕戦は、いつになっても緊張するわね。」
 いつも祐希子を見つめている菊池には、嘘だと分かる。
「祐希…。」
 菊池の声を、大音響が掻き消す。荘厳なテーマが会場中に響き渡る。
「おーほっほっほ!全国六百億人のファンの皆様、お待たせいたしましたわ!。」
 ビューティ市ヶ谷が悠然と花道を進み、リングに上がる。しかし、肝心のXの姿はない。
「おや、久しぶりかと思えば何ですの?その冴えない顔は。このずん胴娘。」
「うるさい、埼玉!あんたこそ一人でやって来てどうするのさ!大方Xさんに逃げられたんでしょ、高飛車女!」
 市ヶ谷の挑発に祐希子のペースが戻る。だが、市ヶ谷の余裕の笑みは崩れない。
「ゲストをもてなすには、それなりの演出が必要ですのよ。さあ、紹介しますわ!我が新しきパートナー!」
 入場テーマが鳴り響く。聞き覚えのある曲に会場が一気にざわつく。
「えっ?この曲…?」
 誰よりも祐希子が驚愕する。ついに、入場曲の主が花道に姿を現す。
「その名も、ボンバー…」

「来島!!」
「恵理っ!!」
 その姿は間違いなくボンバー来島である。会場をどよめきが包む。来島は休憩前の第3試合でシングルの試合を終えているのだ。もちろんその際、来島には何ら不穏な動きはなかった。
 騒然とする花道を平然とかき分け、ロープをくぐる。いつも気合を前面に出す来島とは思えない静かさだ。
「どうしたの、恵理!?どうゆうつもりなの!?ねえ、恵理!!」
 たまらず祐希子が詰め寄るが、無言で突き飛ばす。
「市ヶ谷ぁ!あんたの仕業ね!あんた、恵理に何をしたのよ!」
 怒りの形相の祐希子を、市ヶ谷は鼻であしらう。
「変な言いがかりは、おやめなさい。ボンバー来島は最強のレスラーである私を選んだ。それだけのこと。あなたはもうお払い箱ですってよ。」
「嘘だっ!!」
 祐希子はなおも市ヶ谷に食い下がる。混乱のままゴングが鳴った。

 ヒートアップするリング上とは対照的に、観客は微妙な空気に包まれていた。
 確かに正規軍ナンバー2であり、祐希子の同士である来島が市ヶ谷軍に寝返ったことは衝撃である。だが、かつて市ヶ谷が連れてきた大物外国人と比べると、正直見劣りするのも事実である。果たして、来島は市ヶ谷が選ぶに値する選手なのか?観客の目は来島の動きにに注がれた。

 先日まで仲間であった菊池に対し、容赦なく攻撃を加える来島。その動きにはためらいも後ろめたさもない。ただ、軽量級の菊池をパワーで圧倒するのは当然である。では、祐希子相手ならどうだろうか。
 菊池もようやく逆転のドロップキックでコーナーへ戻り、祐希子とタッチ。ついに祐希子と来島の対戦が実現する!会場のボルテージが上がる。
「力ずくでも訳を聞かせてきかせてもらうわよ!」
 勢いよく祐希子が突っ込む。だが、来島はすいっと自コーナーに下がり市ヶ谷と交代する。
 せっかくの機会をふいにされ、会場からブーイングが起こる。
「ちょっ!恵理!待ちなさい!」
 不満なのは祐希子も同じ。来島を追いかけようとする。が、市ヶ谷が立ちふさがる。
「あなたの相手は私ですわよ。」
「邪魔だ、市ヶ谷ぁ!」
 押しのけようとする祐希子の腰を抱え、高々と持ち上げる。
「見苦しいですわね。お黙りなさい!」
 いきなりのビューティボムが炸裂!さらに相手コーナーに投げ捨てる。
「あきらめなさい、もうあなたの味方はそこの空豆娘しかいなくってよ。」
「何だとー!!」
 試合をリードするはずの祐希子が感情的になっては、もはや試合にならない。結局、祐希子は来島と一度も組み合うことなく、市ヶ谷に捕まる目の前で、菊池が来島にフォールされるのを眺める結果となった。

 勝ち名乗りを受け、無言でリングを下りる来島。
 会場中からブーイングが飛ぶ。これは寝返ったものの、祐希子と戦うことも何らアピールもしない来島への不満。さらには、感情にまかせ試合をぶち壊した祐希子への不満が混ざったものである。
「待って!待ってよ恵理!こんなんじゃ訳わかんないよ!何とか言ってよ恵理!」
 若手に抑えられながら、なおも食い下がる祐希子。
 だが、来島は振り返ることなく花道に消える。
「お願い、答えて!どうして!?どうしてなの?」
 全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。
「ねえ、お願い…。行かないでよ…。恵理…。」
 リングの上には、偉大なるIWWF王者マイティ祐希子の姿はなく、ただ新咲祐希子が人目もはばからず涙をこぼしていた。

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