「ひどい姿ね。」
事務室に祐希子を呼び出した理沙子は、スポーツ新聞を放り投げる。
一面には泣き崩れる祐希子がアップで掲載されていた。
「試合はもっとひどかったけど。」
理沙子の言葉に答えることなく、祐希子は憮然と新聞を眺める。その目は充血し、腫上がっている。一晩中泣きはらしたのだろう。
「あなたはウチのエースなのよ。しっかりしてもらわないと。」
「理沙子さんは…。」
祐希子は理沙子をにらみつける。
「理沙子さんは知っていたんですね。恵理が市ヶ谷と組むってこと…。」
来島の入場曲が流れたこと。さらに、メインイベントまでに休息を取らせるためとしか思えない、休憩前のシングルというカード。
「…ええ。」
肯定する理沙子。ばんっと事務机を叩き祐希子が抗議する。
「どうして、そんなこと許可したんですか!?」
「これは、恵理が決めたこと。私は彼女の意志を尊重しただけよ。」
冷静に理沙子が答える。
「嘘!恵理が私を裏切る訳ない!だって、恵理は私の親友で、パートナー…。」
ぱあぁぁぁぁんっ!!
言い終えるよりも早く、理沙子の左手が祐希子の頬を打つ。
「いいかげんにしなさい!いつまでも子供みたいに…!」
「だって…分からないんです…。恵理が私に黙って出て行くなんて…こんなこと…。」
あれだけ泣いても、まだ涙がこぼれる。
「まったく…。こんな事も分からないなんて…。」
人のことは言えないけれど。と、理沙子は心の中で付け足した。
「ねえ、わたしがヨーロッパに行った時、めぐみもこうやって泣いてくれた?」
「ぶふぅっ!」
宿舎の一室。千種の突然の問いに、めぐみはミルクティーを吹き出した。
「な、何言い出すのよ、突然!」
「昨日の祐希子さんを見てたら思ったの。めぐみが突然いなくなったら、わたしは泣いちゃうかなって。」
「あ、あたしは泣いたりなんかしないわよ!心配なんか、してなかったんだから…。」
かつての出来事を思い出してか、次第に鼻声になる。
「でも、来島さんの気持ちも分かるんだ…わたし。」
スポーツ新聞の一面。アップになった祐希子の泣き顔。その横に掲載された来島の姿に千種は以前の自分を重ねる。
「気付いちゃったんだよ、来島さん。それで…。」
「そうね。だけど肝心の祐希子さんは多分…。」
「気付いてないね…。」
「あの人、こういうことには鈍感だから。」
二人仲良く、ため息をつく。
「この無様な姿。いい気味ですわ。」
市ヶ谷邸の食卓。食後のひと時を上機嫌にスポーツ新聞を眺める市ヶ谷。
(もっとも、私がこてんぱんにして、こんな顔にできればさらに素晴しいのですけど)
そこへ朝のトレーニングを終えた来島が入ってくる。
「おはよう、来島さん。朝食の準備をさせますから、少々お待ちになってくださる?」
「悪いな。何から何まで世話になっちまって。」
「気になさることはありませんわ。主として当然のことですから。」
市ヶ谷軍に入ると決めてから、来島は市ヶ谷邸で世話になっている。広すぎる部屋や豪華な食事は性に会わないが、文句を言ったらバチがあたる。それに、最新のトレーニング機器を使えるだけで満足だった。
「あなたもごらんなさいな、貧乳娘の哀れな姿を。」
渡されたスポーツ新聞には、泣き崩れる祐希子、それに市ヶ谷と肩を並べる自分の姿が写っていた。
「祐希子号泣!」
「来島乱心!」
「ゴールデンペア解散か!?」
派手に踊る見出しに、来島は自分のしでかした事態の大きさを知った。
新聞には来島の離脱について様々な推測が書かれている。曰く、ナンバー2の待遇に不満があった。曰く、トップ争いから外れ後輩からの追い上げも厳しい現状からの脱却。曰く、市ヶ谷に金で買収された。曰く、祐希子との不仲…。
来島はリング上と同様、マスコミにも一切理由を話さなかった。ただ一言、
「リングでの俺が答えだ。」
とだけ言い残して。
(それにしても…)
来島は思う。今回の件について市ヶ谷もノーコメントを通している。饒舌な彼女にしては珍しいことだ。
「なんで、お前まで黙っているんだ。こんなおいしい話題にしちゃ、いやに静かじゃないか。」
「今回の件については、あなたが主役でしてよ。それに、何もしなくても勝手に祐希子の情けない姿が拝める。充分に楽しませてもらっていますわ。」
妖艶に微笑む市ヶ谷。その真意は読めない。
(まあ、ジタバタしたってしょうがねえ。俺はあいつと戦うまで、やりたいようにやるだけだ)
用意された朝食を一気に流し込むと、もう一度祐希子の写真に目を向ける。
「…あの、馬鹿っ…!」
吐き捨てると、ぐしゃっと新聞を丸めて放り投げる。あらまあ、と拾い上げると市ヶ谷は執事に言いつける。
「もう一部買ってきなさい。祐希子の泣き顔を部屋に飾るのですから。」