市ヶ谷軍に参加したボンバー来島は話題性だけでなく、実力でも今シリーズの目玉となった。シングルでは苦手とする関節マスター、ナスターシャ・ハンをパワーで圧倒し、南とのタッグでは現タッグチャンピオンの武藤・結城組をノンタイトルながら打ち破るなど、無敗の大活躍。「今の来島さんには勝てない。」武藤めぐみのコメントが来島最強説を唱える一部のファンを喜ばせた。
一方のマイティ祐希子は、集中力のない精彩を欠いた試合運びでファンを失望させることとなる。
来島と祐希子の対戦はタッグのみながら多く組まれていた。開幕戦と違い直接対決も見られたが、感情的に突っかかる祐希子を来島があしらう展開がほとんどで、あげく乱闘騒ぎとなる始末。つまらなそうにリングを下りる来島を呼び止める祐希子の姿が、毎度おなじみの光景となってしまった。
そして、事件は起きる。
タイトルマッチを翌週に迎えた、祐希子・武藤・結城組VS市ヶ谷・来島・南組の大勝負。実力伯仲の好カードながら肝心の祐希子が足を引っ張り、ついに来島のナパームラリアート一閃!タッグではあるが初めて来島が祐希子からフォールを奪ったのである。
「負けた…?恵理に…。」
勝どきを上げる来島を、へたり込みながら呆然と見上げる祐希子。武藤は憮然とそっぽを向き、結城も困った顔で下を向く。
と、来島がマイクを握る。今まで一切のアピールをしなかった彼女の言葉を待つべく、会場が静まり返る。
「なっさけねえ!これがチャンピオンの実力か!!」
溜まりに溜まった来島の叫び。会場が歓声で応える。
それでも、祐希子の心には届かない。「だって…。」と瞳が弱々しく訴えている。
「くだらねえ!お前の、俺が倒したかったマイティ祐希子の実力はこんなモンかよ!がっかりだぜ!!」
爆発寸前の来島からマイクを奪うと、市ヶ谷が続ける。
「まったく、あきれた方ですわ。もうあなたには怒りも何も感じません。来週のタイトルマッチ、私辞退させていただきます。」
さらなる爆弾発言に会場がどよめく。
「今のあなたごとき、私が手を下すまでもありません。来島さんで充分ですわ。会場の皆さんもそう思いますでしょ?」
「おおおおおおっ!!!」
「市ヶ谷が空気を読んだーーーー!」
「キ・シ・マ!キ・シ・マ!」
市ヶ谷の提案に会場は異様な興奮に包まれる。そして沸き起こる来島コール。
「構わないですね、理沙子さん?」
事態の収拾をつけるべく、解説席からリングへ上がる理沙子。
「ただ今の発言、ビューティ市ヶ谷に挑戦の意思なしと認め、挑戦権を剥奪します。」
次なる言葉を待つ観客。理沙子の言葉が続く。
「そして今シリーズの活躍、今日の試合の結果から考慮して、ボンバー来島にマイティ祐希子へのIWWFヘビー級への挑戦資格有りと判断し、来週行われるタイトルマッチのカードをマイティ祐希子対ボンバー来島へ変更することを、ここに宣言します!」
観客のボルテージが最高潮へと達する。
「タイトルマッチ…?恵理と…私が…?」
祐希子の瞳にうっすらと光が宿る。
「私と、恵理が、タイトルマッチ…。それもIWWFヘビーの…。」
うわごとのように何度も繰り返す。その度、背筋にぞくりと電流が走り、頬が高潮するのが分かる。全身を駆ける熱は凍った心を溶かし、消えた闘志に火を灯す。
知らず、祐希子は歓喜の笑みを浮かべる。気付いたのか、来島は不敵な笑みでうなずくと、もう一度マイクを持ち、叫ぶ。
「そういうことだ、マイティ祐希子!今日みたいな気の抜けた試合しやがったら、二度とプロレスのできない体にブチ壊してやるからな!覚悟しやがれ!!」
祐希子の前にマイクを投げつけると、颯爽とリングを下りる。
マイクを拾うと、祐希子が立ち上がる。迷いのないその動きは本来の姿である。
だが、祐希子の変化に気付かない観客は、マイクを持つ祐希子に好奇の視線を向ける。はたして、今度はどんな泣き言を叫ぶのか、と。
「ボンバー来島!あんたの挑戦、確かに受け取った!そっちこそ本気でかかってこないと、潰されるからね!チャンピオンなめんじゃないわよ!!」
腹の底から響く、その一言で充分だった。
一瞬、静まり返った会場から、歓声が起きる。
最強のチャンピオン、マイティ祐希子が帰ってきた!
「あっははははは!」
通路の奥、引き上げた控え室から笑い声と壁を殴りつける衝撃音。
「あの寝ぼすけ、やっと目が覚めたか!これで、ようやくあいつと戦えるぜ!」
夢の対決まであと一週間。