カンカンカンカンッ!!
聞き慣れたゴングの音とともに全身の力が抜ける。
「何が…起きたんだ…?」
状況が飲み込めないまま、ようやく自分がダウンしていることに気付く。
上半身を起こすと、勝ち名乗りを受ける祐希子の姿が目に入る。
「…どうして…?俺のラリアートが決まったはずじゃ…。」
「フィニッシュはジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックス。…あなたの負けよ。」
冷えたタオルを来島の首にあて、南が事実を告げる。
「…返したのか…あれを…。」
「ええ、惜しかったわ…。本当に…。」
「そうか…。俺の負けか…。」
あれだけこだわっていたの勝利への執着が嘘のように消えていく。
「だったら、やることは一つだ…。」
どうにか立ち上がる。左ヒジも頭も痛むが大事はなさそうだ。
「世話になったな。」
「いちいち義理堅いんだから…。」
苦笑いを浮かべる南に背を向け、歩き出す。
「まさか、アレを返されるとはな。」
表彰を終えた祐希子に声を掛ける。
「ホント、トラックにはねられたかと思ったわ。…タイトルマッチじゃなければ、返せなかった…。」
祐希子の言葉に嘘はない。納得してうなずく来島。
「なるほど、これがチャンピオンの力ってやつか。」
「強かったよ、恵理も。本当に…。ジャパニーズオーシャンまで出したのはカオス以来だよ。」
「あの腰でよく出したもんだな。」
「それはこっちのセリフ。あれだけ痛めつけておいて、あのラリアートは何?」
「ははっ。お互い意地っ張りってことだ。」
来島が握手を求める。
「力でも、意地の張り合いでも、俺の負けだ。」
差し出される右手を握り返す祐希子。
「悪かったな。俺のわがままで迷惑かけちまった。」
神妙に頭を下げる来島。
「何だか、お前が急に遠くなった気がしてさ。置いていかれたと思ったら、いてもたってもいられなくなっちまった。」
「私こそ…。恵理はずっと私の側にいたから…。隣にいるのが当たり前だと勝手に思ってた…。恵理の気持ちも知らずに私…恵理を傷つけてた…。…ごめん。」
謝る祐希子。来島の胸元に頭を乗せる。
「お前が謝る必要なんかない。悪いのは子供みたいに駄々をこねて飛び出した俺なんだから。」
あやすように祐希子の頭を撫でる。
「その、泣かすつもりはなかったんだけどな。お前、そんなに泣き虫だったか?」
「恵理が悪いんだよ。急にいなくなったかと思えば、今度は敵になるなんて…。私、本当にパニックだったんだよ、恵理…。」
どうやら再び、泣き虫モードのスイッチが入ったらしい。
「だから悪かったって言ってるだろうが…。あーもう困ったお姫様だ。よし、分かった!」
祐希子の両肩をつかんで引き離すと、充血した瞳を見つめる。
「もう勝手に消えたりしない。今度お前を泣かすときは、試合で勝ったときだけだ!いいな、覚悟しとけよ!」
来島の言葉に祐希子の涙が消える。
「うん!でも、そんなこと言ったら、もう私を泣かすことなんてできないよ。」
「言ったなあ、こいつ!」
二人に笑顔が戻る。
「ほら、チャンピオンがそんなしけたツラすんじゃねえよ。」
祐希子の手を取り高々と掲げる。ようよく訪れたゴールデンペアの復活に会場中から祝福の拍手が鳴り響く。
「オーッホッホッホッホ!とんだ茶番ですこと。」
幸せムードを破壊する高笑いとともに市ヶ谷がリングに上がる。会場は一転ブーイングに包まれる。
「まったく、私がせっかく与えて差し上げたチャンスも活かせないなんて、しょせんは猪女ですわね。」
意に介さず、市ヶ谷は来島を罵る。
「何だと市ヶ谷っ。恵理をバカにするな!」
祐希子が食ってかかるが、来島が抑える。
「確かに、俺の完敗だったよ。」
「恵理!」
「貧乳ずん胴娘と違って、己の実力が分かっているようですわね。もういいですわ。あなたなど、この市ヶ谷軍にふさわしくありません。そうやって仲良しごっこでもしているのがお似合いですわ。せいぜい小娘と乳繰り合ってなさい!オーッホッホッホ!」
来島にクビを言い渡すと、さっさとリングを下りる。
「待て、この埼玉!成り金!」
追いかけて行きそうな祐希子を、来島は必死で止める。
「いいんだ、祐希子。」
「どうして!あれだけ言われて、黙っているつもり!?」
「今回ばかりは、あいつに感謝しなきゃならないからな。」
「…?」
頭にハテナを浮かべる祐希子に説明する。
「お前と戦いたくて理沙子さんに掛け合ったんだけど、当然許可が出るわけがなくてな。困ってたところに、あいつが市ヶ谷軍入りを勧めてくれたんだ。」
「あいつが…。」
市ヶ谷の思わぬ助け舟に祐希子は一瞬、関心する。
「もっとも、あいつのことだ。俺のためと言うよりも、お前の困った顔が見たかっただけだと思うけどな。」
「…あ~。絶対、そっちだ。」
が、すぐに思い直す。
「まあ理由はどうあれ、俺は祐希子と戦うことができたからな。だから、今日は目をつむってくれるな?」
「む~。恵理がそういうなら…。その代わり、今度の試合でボッコボコにしてやるから。」
「あ、俺も俺も。」
再びの大笑い。
改めて肩を抱き、ゴールデンペアの絆をアピールする祐希子と来島。
波乱の幕開けで始まった二人の物語は、見事ハッピーエンドで幕を閉じたのであった。