お昼の劇場「女豹の蜜」第3回
ブレード上原の帰国は、理沙子にとって最大の朗報。
しかし、運命はさらなる試練を理沙子に、いや彼女に関わる者すべてに与えるのである。
(この物語はダイジェストでお送りします。)
***
「どうして会いに来てくれないの…。」
理沙子はため息をつく。
上原が帰国して1週間。理沙子は上原に会えずにいた。現在の連絡先がマスコミを通じても不明のため、こちらからはどうにもできず、上原が新女事務所を訪れるのを待つしかなかったのだ。
実のところ、上原は吉原との接触の後、新女を訪れていた。もちろん無断失踪の侘びを入れるためである。しかし、吉原の策謀により理沙子は上原の訪問を知ることなく現在に至る。
結局、業界追放は免れたものの上原は新女を退団、行方をくらますことになる。
そんなある夜のこと。理沙子は吉原らとともにレストランでディナーを楽しんでいた。
ふと、理沙子が窓の外に目を向ける。多くの通行人。その中に。
「今日子…?」
一日たりとて忘れたことのないその姿。フォークを落としたことにも気付かず、目を見開く理沙子。
「あれー、どうしたんですか理沙子さん?チムタクでも歩いてましたか?」
祐希子の呑気な声に答えることなく理沙子は席を立つ。
「ごめんなさい、用事を思い出したの。支払いは済ませておくから!」
言い残し、店を飛び出してしまう。
「…まさか!?」
何かに気付いたように吉原も飛び出す。
「あれ?ミミさんまで!」
テーブルには祐希子と来島だけが取り残されてしまった。
「…どうしたんだろ、二人とも?」
「さあ…。ただ言えるのは、財布が出て行った以上、追加注文はできないってことだな。」
夜の繁華街を理沙子が走る。すでに上原の姿は見えない。
「今日子…今日子…!」
あちこち見ながら走っているため、多くの通行人にぶつかりながら進む。しかし、世の歩行者が善人ばかりとは限らない。
「なんだあ姉ちゃん、ぶつかっておいてその態度は?」
酔っ払いの中年二人組に捕まってしまう。
「離して!お願い!」
「なんだあ、パンサー理沙子じゃねえか。へ、どうしたんだい?」
冷静な理沙子ならば、この程度の相手など問題ではない。しかし、上原の姿に動揺している今の理沙子はただイヤイヤと身をよじるだけである。その姿が中年コンビの興奮にさらに火をつける。
「たまんねえなあ、理沙子ちゃん。」
「俺たちと夜のプロレスといこうやあ。」
中年コンビは路地裏へと理沙子を連れ込む。
「いや!離して!離して!」
(今日子が!今日子が!)
ここにきてなお、理沙子は自分の身に掛かる危険ではなく、上原の姿を案じていた。
「はっはっは、いいねえその表情。」
「はあはあ、理沙子ちゃんのおっぱい、いただきマンモス~。」
酒臭い息とオヤジギャグを浴びせながら、理沙子のブラウスに手をかける。
と、その時!
「そこまでにしときな、オッサン。」
中年1の腕を何者かがひねり上げる。
「ギャアア!」
「おっぱいの大きな女がいいなら、アタシが遊んであげるぜ?」
と、中年1を放り投げる。
「ほら、こっちのオッサンもついで、だ!」
中年2も見事に投げ捨てられる。
「「バ、バ、化け物~!!」」
恐怖ですっかり酔いの覚めた中年コンビは逃げ出してしまう。
「化け物はないなあ、さすがに傷つくぞ。」
「ハハッ、似たようなもんっすよ、大将。」
「うるせえ!」
化け物と呼ばれた人物はガルム小鳥遊であった。後輩のオーガ朝比奈との夕食帰りに偶然遭遇したのだ。
「ったく大丈夫か。普段のアンタなら、あんな奴らどうってことないだろ?」
理沙子の肩をつかんで声を掛ける。が、明らかに様子がおかしい。
「今日子が、今日子がどっか行っちゃう!ねえ、今日子はどこ!?」
小鳥遊にすがり付き叫ぶ理沙子。目の前の相手が誰かも分かっていないようだ。
「…今日子?誰だあ、そいつ。」
「ブレード上原のことっすよ、多分。」
朝比奈が代わりに答える。
「ああ、そうか…。」
小鳥遊と朝比奈はあたりを見渡すが、それらしい姿は見えない。
「もういないぞ。今のゴタゴタの間にどっか行っちまったみたいだな。」
「そんな…。」
崩れ落ちる理沙子を抱きかかえる小鳥遊。
「おい朝比奈、タクシー捕まえて来い。こいつを送り返すぞ。」
しばらくして、タクシーに理沙子を一人乗せ、ドライバーに新女事務所へ行くよう告げる。新女には小鳥遊が話がつけ、出迎える手筈となっている。
「抗争相手が送ってやるわけにはいかねえからな。」
「それにしても、なんなんすか、パンサー理沙子って。ありゃイカれてやがるぜ。」
タクシーを見送りながら、朝比奈は首をひねる。
「さあねえ…。アタシもあれくらい女らしいところがあれば、モテたかもなあ。」
「ブッ!大将、鏡見てから言ってくれよ、そのセリフ!」
「うるせえよ!」
ガハハと笑う二人の前に、吉原が現れる。
「よお、今ごろ騎士(ナイト)のおでましか?」
「遅えっつうの。」
「…どういう意味?」
予期せぬ相手に予期せぬ言葉を掛けられ、とまどう吉原。
「そのままの意味だよ。ったく、テメエがだらしねえからあの女が弱くなっちまった。今の理沙子は豹なんかじゃねえ、猫だ。」
「なっ…!」
「アンタじゃ、あの女の相手は務まんないよ。手ェ引きな。」
「馬鹿にするな!」
吉原の蹴りを軽々しくブロックすると、小鳥遊は背を向ける。
「軽いな。初めて受けたアンタの蹴りはこんなもんじゃなかったぜ。」
「待て!逃げるな!」
「腐ってもアタシたちはプロレスラーだ。闘るならリングの上…だろ?」
小鳥遊と朝比奈が雑踏に消える。一人取り残される吉原。
そこに携帯の呼び出し音が。
携帯は事務所からだ。ふらついていた理沙子を小鳥遊がタクシーで送り返してきた。吉原もすぐに戻れとの内容だった。
「…何もできなかった…?」
虚ろに立ちすくむ吉原。
「上原(あの女)を追いかけて、小鳥遊(あいつ)が助けた…?じゃあ、私は何なのよ…私は、私は!」
自問自答。
「…そうよ。」
答えが見つかったのか、吉原が笑みを浮かべる。だが、普段の彼女を知るものなら間違いなく目を疑う、黒い、余りにも黒い笑みであった。
「私こそが理沙子の隣に立つ者なのよ。上原でも小鳥遊でもない、この吉原泉が理沙子を守る。すべての敵から、すべての悲しみ、苦しみから彼女を守ってやる。渡さない、理沙子を世界の何者にも触れさせてやるもんか!」
吉原泉は狂気のアクセルを踏み始めるのであった。
(つづく)