お昼の劇場「女豹の蜜」第6回

 お昼の劇場「女豹の蜜」第6回

 捨てたはずの想い。
 あきらめたはずの想い。
 消えることなく、ただ膨れ上がっていく。

(この物語はダイジェストでお送りします。)

***

 ブレード上原=上原今日子は東京郊外にジムを構え、「太平洋女子プロレス」を旗揚げすべく練習生を鍛え上げていた。
 メキシコに再度渡ることも考えたのだが、国内に留まり新しい才能を伸ばす道を選んだのだ。
 経営、コーチ、選手…と何足ものわらじを履いた毎日は、目の回る忙しさだが、充実した生活であった。それに、忙しければ忙しいほど余計なことを考えずにすんだ。
 理沙子との時間は過去のもの。上原も次第にそう思えるようになってきた。

 が、一人の練習生との出会いが、上原を再び運命の舞台に立たせることとなる。

 大高はるみ。
 最も遅く入団した練習生である彼女は、上原の教えを誰よりも早く吸収し、上達していった。間違いなく彼女は太平洋プロレス、いや日本だけでなく世界のトップを狙える逸材だと上原は確信していた。
 大高の才能、そしてプロレスに対する一途な情熱。容姿は似ていないものの、自分を見つめる熱い視線は理沙子を思い出させるには充分であった。
 次第に大高へと心惹かれる上原。いつしか、自分の技だけでなく理沙子の技まで教えてしまう。持ち前の純粋さで大高は二人の技を自分のものにしていった。
「いいのか…これで。私は本当にはるみを強くしているのか…?」
 上原の心に迷いが生じる。なまじ覚えがいいだけに不安が大きくなる。
「私は…はるみに何をさせたいんだ…?」

 旗揚げを翌月に控えたある日のこと。練習生たちの指導後、自分の練習を終えて更衣室に入る上原。そこに着替え途中の大高がいた。
「ん、まだいたのか?」
「はい、何だか落ち着かなくて道場の周りをぐるぐると…。」
「デビュー前で浮かれるのは分かるが、オーバーワークはかえって毒だぞ。」
「えへへ、ごめんなさい。」
 舌を出しておどける大高。その仕草が上原の心を波立たせる。
「私…強くなってますか?」
「ああ、みんな入団した頃を思えば見違えるほど強くなっている。自信を持っていい。」
「よかったあ。」
 大高の笑みが輝く。上原は自分の鼓動の速さを感づかれないよう、無表情を装う。
(やめろ、そんな笑顔を向けないでくれ…。)
「私、早く強くなってチャンピオンになりたいです。シングルはもちろん…」
 まっすぐな曇りのない瞳。
「上原さんと一緒にタッグのベルトも欲しいんです!」
 何かが弾けた。
「…はるみっ!」
 力任せにはるみを抱きしめる。彼女が愛おしくてたまらなかった。
「そうだっ…私は…はるみを…はるみを…!」
 はるみの身体の感触を確認しながら、何度もはるみの名を呼ぶ上原。
 だが…。
「やめてください!」
 悲鳴混じりの叫びが上原を正気に戻した。
 目の前ではるみが涙を浮かべて震えている。
「う…あ…。」
 それ以上に上原の体が震える。歯がカチカチと音を立て、声を発することすらできない。
(壊してしまった…はるみを…穢してしまった…。)
 どうにもならない後悔。
「は、はるみ…す…すまない…。…でも…わた…し…は…。」
 ひっくり返ったり、かすれたりしながら、何とか声を振り絞る。
 だが、はるみの視線に心臓が凍りつく。
 非難の目。だが、怒り、拒絶ではなかった。悲しみ、哀しみ…絶望の色に染められていた。
(はるみは私を信じてくれたのに…。それをこんな裏切りで…!)
「どうしてですか…?」
「…?」
 はるみの突然の問いに、上原は訳も分からず立ちすくむ。
「どうして…私じゃないんですか…?」
「…はるみ?何を言ってる…?」
 言葉の意味が分からない。
「私は、はるみが…。」
「嘘!」

一人取り残された上原。
 ガァンッ!
 ロッカーを殴りつける。
「私は馬鹿だ…。理沙子だけじゃなく、はるみまで傷つけて…。馬鹿だ、馬鹿だ…!」
 力なく崩れ落ちる上原。ただ自分の愚かさに涙を流すしかなかった。

 どれだけ時間が過ぎたのか。ようやく上原が更衣室から出てくる。力なく足をひきずる上原が呼び止められる。
「よう、お楽しみは済んだかい?」
 無人のはずのリングに、大柄な女性がいやらしい笑みを浮かべて立っていた。
「待ちわびたぜえ、ブレード上原さんよぉ。」
「お前は確か…フリーの、」
「そう、ガルム小鳥遊様だ。」
「…ヒールの割には礼儀正しいと聞いていたが…。不法侵入者が何の用だ?」

(つづく)

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