お昼の劇場「女豹の蜜」第8回
雨はいつか上がる。
見上げてごらん、
光差すその先に…
(この物語はダイジェストでお送りします。)
***
リング上で激しくやり合う上原と小鳥遊。
始めこそ、勢いにまかせ主導権を握っていた上原であったが、次第に動きが鈍り劣勢となる。
帰国後、試合から離れ新団体設立の準備と新人の育成に追われていた上原と、未だ現役ヒールとして活躍している小鳥遊では、明らかに地力の差があった。
「どうした!この程度で新しい団体のエースだってえのか!」
小鳥遊のボディスラム。上原は受身を取るだけで精一杯である。
「しょせん理沙子ひとり本気にできない弱小レスラーなんだよ、テメエは!」
「うるさい!」
上原はドロップキックを放つが、小鳥遊はびくともしない。
「オラオラ!元気なのは口だけか!?」
小鳥遊のストンピングが上原を踏みつける。
「リングにオマエの居場所はないんだよ!この国から、理沙子の前から消えちまいな!」
「黙れぇっ!」
さらに踏みつけようとする足にしがみつくと、逆転のドラゴンスクリュー!
「何っ!?」
小鳥遊のような巨漢レスラーにとって、ヒザへの攻撃は致命的である。うずくまり動けないでいる顔面へ、さらに上原は低空ドロップキックを叩き込む。
互いにダメージが大きく、息を整えながらにらみ合う。
「へっ、チャンスだぜ。そーいうツメの甘さがオマエの弱点なんだよ。」
「………。」
挑発に乗らず、動きを伺う。いや、小鳥遊の言葉に思いをめぐらせているのか。
「技も気持ちも同じだ。ぶつける時にぶつけねえで、何が伝わるっていうんだ!」
ヒザを押さえながら立ち上がる小鳥遊。瞬間、上原が動き出す。
「これで終わりだ!」
足から小鳥遊の首に飛びつき、必殺のフランケンシュタイナーを狙う!
「そうはいくかッ!」
だが、痛むヒザも構わず小鳥遊がふんばる。
「うおおおおお!」
そして、上原の状態を持ち上げると一気に投げ捨てる。上原は受身も取れずに頭からマットに叩きつけられてしまう。
「まだだ、まだ終わってないぞ…。」
それでも上原は立ち上がる。直後、その体は猛烈なパワーによってなぎ倒される。
ガルムズディナー。ガルム小鳥遊必殺のショルダータックルである。
「これで決まりだな。」
自分を見下ろす小鳥遊の姿をかろうじて確認すると、まだまだと起き上がろうとする。
「……ッ!」
だが、全身に激痛が走り動くことができない。
「分かったろ、これがオマエの実力だ。」
小鳥遊の冷淡な言葉に、言い返すこともできない。
「だがな、プロレスに対する執念だけは伝わったぜ。その想い、ぶつける相手がもう一つあるだろ?」
ニヤリと笑う小鳥遊。
「小鳥遊…オマエ…。」
かろうじて上原の唇が動く。構わず小鳥遊は背を向けるとリングを下りる。
「旗揚げのご祝儀はここまでにしといてやるよ。遊びたけりゃ、いつでも呼んでくれや。」
暴れたいだけ暴れ、言いたいだけ言ってガルム小鳥遊は練習場を後にした。
「あいつ…。」
かろうじて起き上がる上原だが、体勢が崩れる。
「危ない!」
慌てて上原の体を支えるのは、
「はるみ…。」
大高はるみであった。その周りには練習生の金森、後野、沢登の姿も見える。
「お前たち、いつの間に…。」
ばつが悪そうに頭をかく上原。
「見ての通り、今の私はガルム小鳥遊にKOされる程度の力しかない。こんな私が社長で、コーチで、それでも…いいのか?」
呆れて見捨てられるかもしれない。だが確認せずにはいられなかった。
「当たり前ですよ!」
「私たちの師匠は上原さんしかいないんですから!」
「だいたい、上原さんは私たちのコーチに忙しくて自分の練習ができなかったから、こんな結果になっただけで、」
「上原さんが練習に打ち込めるようになれば、絶対勝てますよ!」
「それよりも私たちが強くなって、アイツをやっつけてやるんだから!」
「だから私たちを強くしてください!上原さん!」
「お前たち…。」
頼もしい台詞で自分を慕ってくれる練習生たちを見つめる上原。最後に大高と目が合う。
「…本当に…いいのか?」
口に出さずに尋ねる。彼女を傷つけた自分の行為は許されるものではない。今、この場で罵倒される覚悟もできている。だが、
「何があっても、私の…私たちの師匠は上原さんです!」
大高は力強くうなずいた。
「……ありがとう…。」
若い力と明るさに、上原は心から感謝した。
「あとは…。」
「おう、俺だ俺。今からお前んちに行くから、よろしくな。」
「…えっ、大将?今日は俺一人だよ。なんでって、俺だってそこまで野暮じゃねーよ。」
「…話が見えない?いいんだよ。今日はめでたい日だ、朝まで飲むから覚悟しとけよ。」
(つづく)