ビューティ市ヶ谷VS大空みぎり 3 ~格の違い~

 大恩ある千歌のため、みぎりは市ヶ谷に立ち向かう。
「今度は何を見せてくださいますの?」
 市ヶ谷は余裕の笑みで迎え撃つ。と、頭上が翳る。次の瞬間、脳天に衝撃が走った。
 二階からのチョップ。死角からの攻撃に膝がぐらつく。
「まだまだです!」
 今度は両腕を振り下ろす。二本の鉞となったみぎりのダブルチョップが市ヶ谷の両肩をえぐる。
「ぐっ…っ!」
 思わず腰が落ちかけるが、それでも踏みとどまる。
「腕を振り下ろしただけで、この私を跪かせることなど…できませんわ。」
 なおも気高さを崩さない市ヶ谷の首をみぎりの右腕が抱え込む。
「えーと、確かこうやって…。」
 つぶやきながら、みぎりは左腕でコスチュームの腰周りに手をかける。自らが受けたブレーンバスターの体勢だ。
「うん…しょっと!」
「…!」
 腰を静めることなく、いきなり市ヶ谷を持ち上げる。チョップのダメージか、タメのない動きのせいか、抵抗する間もなく市ヶ谷は直に抱え上げられてしまった。
 みぎりやグリズリー山本には及ばないものの、市ヶ谷も女子レスラーの中では大柄な部類である。その市ヶ谷を軽々と担いでしまうみぎりに、会場から驚きの声が上がる。
「…あっ!」
 客席の驚きをよそに、みぎりは大変なことに気付いてしまった。
「ここから…どうしましょう…。」

 みぎりはボディスラム以外の投げ技を教わっていない。プロレスの修行を始めて間もないみぎりには、後方に投げる技はお互いに危険なため、コーチも教えていなかったのだ。
「後ろに倒れるなんて…。」
 背中の痛みを思い出し、躊躇するみぎり。
「…く…ぅ…。」
 もたもたしているうちに、市ヶ谷の頭に血が上る。
 みぎりも次第に市ヶ谷を支えきれなくなって、足元がおぼつかなくなる。
「きゃっ…あぁっ!!」
 ついに、みぎりは尻餅をついてしまった。しかも担いでいた手を離して。
 市ヶ谷は垂直にリングへと激突する。
 危険な落ち方に、会場の誰もが息を飲む。
「いった~い!お尻打っちゃいました~。」
 …ただ一人を除いて。
「…っ、みぎり!今です!押さえ込みなさい!」
 千歌の声にみぎりは振り向く。そこには市ヶ谷が仰向けに、微動だにせず横たわっていた。
 慌ててみぎりがフォールの体勢に入る。
「ワーン!ツー!」
「フンッ!」
 息を吹き返した市ヶ谷がみぎりを跳ね飛ばす。
「そんな…あれを返すのですか…。」
 千歌は驚きの声を漏らす。
「持ち上げて落とす…。こんなのは技でも何でもありませんわ。」
 首をぐるりと回すと、市ヶ谷は優雅に立ち上がる。さすがのみぎりも信じられないといった表情だ。
「だったら…これで!」
 市ヶ谷の股間に手を回し担ぎ上げる。必殺の超高層ボディプレスの体勢だ。
「いいかげん、ダウンしてくださいっ!」
 190センチの高さから無造作に投げ飛ばす。市ヶ谷の体がバウンドし、反対コーナーへと転がる。
「これだけじゃ、市ヶ谷さんは倒せない!」
 すかさず市ヶ谷寄りのコーナーへ向かうと、トップロープによじ登る。
「これで、おしまいです!」
 何と、みぎりの巨体が宙に舞った!一瞬の空白の後、リングに猛烈な衝撃が走る。
 大空みぎりのフライングボディアタックに、リングだけでなく観客席までが揺れる。
 驚きに包まれる中、千歌はすかさずレフェリーにカウントを要求する。
「ワーン!」
 さしもの市ヶ谷といえど、みぎりの圧殺攻撃を返せるはずがない。千歌は勝利を確信した。
「ツーッ!」
 もう立ち上がってこないで欲しい。みぎりは必死で市ヶ谷を押さえ込む。
「ス…。」
「ハアッ!」
 高らかに響く気合の声とともに、市ヶ谷の右肩が上がる。
「そんな…。」
「どうして…。」
 千歌もみぎりも落胆の色が隠せない。目の前にいるモノはいったい何なんだ。ビューティ市ヶ谷とはいったい何だというのだ。
「放り投げて、飛び降りる…。これがあなたの『技』ですか?」
 効いてないはずがない。それでも、余裕の表情で市ヶ谷はみぎりに迫る。その気迫に、攻勢なはずのみぎりがじりじりと後退する。
「どうしました?これでおしまい?でしたら…。」
 私の番ですわね。と目が光る。
「いやあ!」
 思わずみぎりは右手を伸ばし、市ヶ谷の頭を掴む。
「来ないで!来ないでください!」
 空気の読めないみぎりでも、さすがに市ヶ谷の殺気は感じたようだ。頭部を握る手に力が入る。
 かつてバレー部の先輩の手を握り潰したみぎりの握力が市ヶ谷を襲う。
「いけますわ。これなら、これなら勝てる!」
 これが最後のチャンスだ。千歌の手にも力が入る。
 市ヶ谷の両手がみぎりの右腕を掴む。引き剥がそうとする最後のあがきか。
「きゃあああぁぁぁっ!!」
 会場に絶叫が響き渡る。
「離してっ…離してください!市ヶ谷さん!」
 悲鳴の主はみぎりであった。
 市ヶ谷の両手に力が入る。その握力にみぎりの右腕がきしむ。関節を決めたわけでも、痛みのつぼを押さえたわけでもない。純粋な握力だけで市ヶ谷はみぎりのソレを上回ったのだ。
 みぎりはたまらず手を放し、市ヶ谷の頭部を解放する。だが、市ヶ谷は容赦せずにみぎりの右腕をつかんだまま投げつける。
「おびえた攻撃で私を屈服させようとは、お笑い草ですわ。」
 市ヶ谷は起き上がろうとするみぎりの頭部を太股ではさみ、両手を広げ観客にアピールする。
 その意味に気付き、観客から大歓声が沸き起こる。
「私の美の象徴でもある顔を鷲掴みした罪。万死に値しますわ。」
 みぎりの腰に手を回し、持ち上げるべく全身に力を入れる。体中の筋肉がミシミシと震える。
 これから起こるであろう身の危険に、みぎりはしゃがみこんででも堪えようと腰を落とす。
 だが、みぎりの体は徐々に持ち上げられていく。
「いや、いやあ!」
「みぎり!」
 悲鳴もむなしく、みぎりの体は高々と持ち上げられる。
「あ…あ…。」
 恐怖のあまりみぎりは我を失っている。
「怪我をしたくなければ歯を食いしばりなさい。」
 市ヶ谷の声が聞こえたような気がして、その通り口を閉じる。
 次の瞬間、頭から振り下ろされる感覚。そして背中から後頭部へと続く衝撃。
 ビューティ市ヶ谷必殺のビューティボムが、大巨人大空みぎりに炸裂した。 
 みぎりの視界に飛び込むのは市ヶ谷の瞳。押さえ込まれる圧迫感よりも、後頭部の痛みよりも、市ヶ谷の眼力に射すくめられた心が、フォールを返すことを拒否した。
「ワン!…ツー!…スリー!」

 大空みぎりの、いや寿千歌の打倒市ヶ谷の目標は、打ち砕かれた。

(つづく)

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