男は団体を退職し、フリーの身となった。表向きはエースを守ることのできなかった責任を取るためであるが、実のところは違う。
「必ずあいつを捕まえてやる。」
男の心は完全にギルティ美鷹に奪われていた。彼女を追って世界を駆け回る男の姿は裏の世界でも知れ渡ることとなる。
「しつこい男は嫌われるわよ。」
「あきらめの悪い男が最後には勝つんだよ。」
常にあと一歩の所まで追い詰めるが、最後には美鷹に逃げられてしまう。美鷹も男とのチェイスを楽しんでいるようだ。
しかし、刺客として裏の世界を知る美鷹を快く思わない者もいる。
今回、依頼主自身が美鷹をターゲットとしていた。偽の依頼に騙され、廃倉庫へと追い詰められる美鷹。彼女をレスラー崩れの男が三人、取り囲む。
「…年貢の納め時か…。」
素行に問題のある相手とはいえ、将来あるレスラーを何人も潰してきたのだ。いつかこんな日が来ることも予想はしていた。
これから自分の身に襲い掛かる陵辱を思うと、舌でも噛んで死んでやろうかとも思う。だが、それでは罪の報いにはなるまい。
「こいつらにボロボロにされて、薬でも打たれてどこかに売り飛ばされるか…。」
諦めが美鷹の心を占める。と、いつも自分を追いかけてくる男の顔が浮かんだ。
「…!何で、こんな時にアイツの顔なんか…!?」
ぶるぶると首を振る。
そうこうしているうちに、用心棒たちがにじり寄ってくる。もう腹をくくるしかない。
「待ちな。そいつは俺の女だ。」
用心棒の背後から男が現れる。
「嘘…。」
呆然とする美鷹の目の前で、男と用心棒たちの乱闘が始まる。
勝負は五分とかからなかった。無様に床に転がる元レスラー達。
「悪いな、これでも元軍人なんでな。おまえら程度なら朝飯前の準備運動だ。」
ぱんぱんと手を払い、男は美鷹に近寄る。
「ようやく捕まえた。これでお前は俺のモンだ。」
勝ち誇った男の顔が癪にさわり、美鷹はプイと横を向く。
「…礼なんか言わないわよ。どうせあんたも…。」
そうだ、男は私をあの団体に引き渡すのだ。結局、捕まった相手が代わっただけだ。
「何を言ってるんだ。聞こえなかったのか?お前は俺のモノ。他の誰のモノでもない。」
はあ?っと美鷹は顔を上げる。
「あんた、あの時の団体に頼まれて私を捕まえに来たんじゃないの?」
男も、はあ?と首をひねる。
「どうして?俺はお前が欲しいから追いかけてきた。それだけだ。」
「私を…?たったそれだけのことで、世界中を?」
「ああ、それだけだ。」
ふふん、と男は胸を張る。
「あは、あははは。馬鹿ね、あなた。女一人のためにここまで駆けずり回ってきたなんて、馬鹿よ、馬鹿。ふふっ、あはははは。」
笑いが止まらなかった。こいつは何という馬鹿な男なんだ。あまりにおかしくて涙まで出てきた。
「そこまで笑うことはないだろ。俺にとってお前はそれだけの価値のある女なんだよ。」
真顔でそこまでいうのか、この男は。美鷹は観念した。
「私の負けね。いいわ、あなたのモノになってあげる。」
初めて対峙したときと変わらぬ笑み。男はガラス細工に触れるかのように、そろそろと美鷹を抱きしめる。
「ああ、思った通り…最高の抱き心地だ…。」
男の腕に力が入る。
「あれだけ顔を合わせているのに、あなたに触れるのは初めてなのね。もう離しちゃだめよ。私は気まぐれだから、どこかに逃げちゃうわよ。」
「離さない。いいや、君は俺から離れることはできないさ。」
「あきらめが悪いうえに、うぬぼれ屋なのね、あなた。そういえば、あなたの名前…聞いてなかったわ。」
「そうだったな。俺の名前は…。」
***
「すっごくドラマチックなお話ね。小鳩、ドキドキしてきちゃった。」
「あの時のパパは本当に格好よかったわ。ようやくママもパパの魅力に気付いたの。」
「パパは今も格好いいわ。」
「そうね、パパはいつだって格好いいもの。だからママも負けずにキレイでいたいの。」
「ママもキレイよ。」
「ありがとう、小鳩。」
***