ドラクエⅢ小説 その2「過去」

「もう隠していても仕方ないわ。確かに私は女。本当の名はセシリア。」
 勇者は重い口をようやく開いた。ドムドーラの街に到着後、宿に着いたパーティは軽い食事を済ませ部屋に集まっていた。食事中一言も会話のない一行に、宿の主人も他の客も誰一人として話しかけようとはしなかった。
 アイリスたちは勇者の言葉に耳を傾ける。

 勇者オルテガは自分の後を継ぐ男の子を欲していた。しかし、ようやく生まれた子供は女の子。オルテガはたいそうがっかりしたが、愛娘の寝顔を見るうちに、この子は決して血なまぐさい戦場には出すまい、勇者としてではなく普通の女の子として育てようと考えた。
 セシリアは武道や剣術、魔法も学ばず、男の子と一緒に遊ぶこともなかった。その代わり、母に女性としてのたしなみをみっちりと仕込まれていた。
 オルテガは勇者として世界のために戦いに出かけ、短くて月に1回、長い時には1年に1回しか帰ってこなかった。そのため、セシリアには父オルテガの思い出はほとんどない。しかし、丸太のような太い腕に担がれ、乗せてもらった肩の上から眺めたアリアハンの街並だけが鮮やかに記憶に残っている。初めて見たナジミの塔、父を慕って集まる人々の姿、今まで見上げるだけだった街の建物…。どれもが彼女にとって新鮮であった。この時、セシリアは初めて父の顔を間近に見た。角ばってゴツゴツした顔、あごまで生えたヒゲ、そして誰よりも優しい目…。あの日の父に抱かれた安らぎは、彼女の胸から決して消えることはない。
 過去を懐かしむように、遠くを見ていた瞳がふっと陰る。
「でも、10年前に父が死んだ日のことだわ…。」

 その夜、オルテガがギアガの大穴に落ちて死んだという知らせが国中に走った。セシリアの家にも何人もの大人たち、国王までがやって来て大騒ぎとなった。母は泣き続け、祖父も黙ったまま何も言わなかった。人の死など理解できる年齢ではなかったセシリアにとって、大人たちの騒ぎの理由は分からないものの、もう父のたくましい腕に抱かれることはない。それだけはうっすらと感じていた。
「父の葬儀。あの日がすべてを変えたわ。」
 オルテガの葬儀、この日も多くの大人たちが集まり、口々に何かを言いながら手を合わせていた。大人たちのやりとりに退屈したセシリアは、形見の聖なるナイフを胸にふらふらと家から離れてしまった。いつしかひとり街の外に出てしまったセシリアの前に大ありくいが現れた。モンスターなど初めて見たセシリアは立ちすくみ、逃げることも声を出すこともできずにいた。エサを見つけた大ありくいは叫び声を上げ、セシリアに襲い掛かった。

 気が付くと彼女の足元には大ありくいの死体が転がっていた。無意識のうちに振り回した聖なるないふが急所を突き刺していたのだ。慌てて駆けつけた大人たちは、その有様を見て「オルテガ様の魂がセシリア様に乗り移ったのだ」「さすが勇者オルテガの娘殿、血は争えぬ」などと口走り、幼い勇者の前に手を合わせて跪きはじめた。何も分からぬセシリアは腰を抜かし、その場にへたり込んだまま呆然としていた。
 この一件で、母はセシリアをオルテガの後を継ぐ勇者として育てることを決心した。男の名を付け、剣術など学ばせ始めた。街の人々も母の心を察し、セシリアを男として扱うようになった。
「最初はとまどったけど、今なら夫オルテガの言いつけを破ってまで私を男として育てようとした母の気持ち…分かるような気がするの。」
 横でシンシアがうなずく。
 セシリアも初めは訳も分からずに面白がって剣を振り回して遊んでいただけだった。だが、年を経るにつれて、父の死を理解し、敵であるバラモスの名を知ることで勇者となる決意する。女を捨て修行に打ち込むセシリア。さすが勇者オルテガの娘だけあって剣も魔法も著しい上達を見せ、12歳になる頃には大人顔負けの腕前となっていた。
「そして16歳になる朝、あなた達と一緒に旅に出ることになり、とうとうバラモスを倒すことができた。でも、そこに現れたのが大魔王ゾーマ。ヤツを追ってこのアレフガルドにたどり着いたわけね。ただ…。」
 話を聞いていた三人ははっと顔を上げる。
「色々な街で父の話を聞いているうちに、まだ父は生きている。そんな気がするの。」
 三人は驚いて顔を見合わせる。勇者オルテガが生きている。とても信じられる話ではなかった。
「だってそうじゃない。父はギアガの大穴に落ちて死んだって言ってたけど、私たちがその大穴に落ちたらこのアレフガルドの地。ここでも父に会ったという人がいるわ。父は生きていたのよ、この地で。それに、ここでも父が死んだって言うけど、誰も父の最期は見ていない。」
 勇者の顔がだんだん一人の娘の顔になる。
「私には感じるの、父の意思を。ずっと昔に感じたあの温もりを…。きっと今でもゾーマと戦っているのよ。たった一人で。会いたい、父さんに…。でないと、もう会えない。本当に会えなくなるような気がするの…。」
 張り詰めていたものが切れたのか、セシリアはワッと泣き出した。初めて感情をむき出しにして幼子のように泣く勇者を三人は温かく見つめていた。
「バカだな…無理に女だってことを隠してまで、哀しみを一人でしょっちまいやがって…。」
 アイリスがセシリアの肩を抱いて頭を撫でる。
「そうだぜ、お前が男だろうと女だろうと立派な勇者には変りねえんだからよ。」
 きんさんもたまにはまともなことを言う。
「それに、娘のあなたが言うのなら間違いないわ。あなたのお父さん、オルテガは必ずどこかに生きている。生きてゾーマと戦っているに違いない…。きっと会えるわ、こうして私たちも戦っているうちに…。」
 シンシアの言葉にうなずく。
「ありがとう…みんな…。本当に…。」
 十年もの間、隠し続けた想いをさらけ出したことで、セシリアの顔に今までなかったさわやかな笑みがこぼれた。
「そうそう、女の子の方がオレの右手も楽しめるってもんだ。ヒヒッ。」
 右手を眺めて、きんさんは思い出し笑いをする。
「この女の敵が!」
 アイリスの右こぶしがきんさんに命中。
「痛いな!冗談だよ、ちょっとしたギャグ!」
 頭を押さえてきんさんがアイリスに謝る。
「フフッ…まったくきんさんったら…。ハハッ…。」
 セシリアが声を立てて笑い出す。つられてきんさん、アイリス、シンシアも笑い出した。
 パーティに活気が戻る。良い方向にすすんだようだ。

***

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