「す…すまない…ここまで来て…。」
「きんさん!」
ソーマの攻撃を受け、きんさんが力尽きた。
「ああ~!」
最前線で戦い続けてきたアイリスも、ゾーマの冷気に敗れた。
「ご…ごめんなさい、セシリア…。最後まで戦えなくて…。」
シンシアも力尽きた。
「クックックッ…。あとはオマエだけだ。父と仲間の後を追うがよい。」
ゾーマの笑い声が響く。しかしゾーマも長い戦いの末、もはや立っているのがやっとの様子である。
勇者と大魔王の目が光る。おそらくこれで決着がつくであろう。
(みんな…父さん…。力を貸して!)
「ギ・ガ・デ・イ・ン!!」
強烈な先行が走り、セシリアとゾーマの姿も光に包まれる。
「見事だ…よくこの私を破った。しかし私が死のうとも新たなる邪悪が世を包むであろう…。私には見える。邪悪(それ)はすでに生まれ出ていることが…。」
「そのときは、父の…私たちの意志が邪悪を打ち砕く!」
絶叫とともに砕け散るゾーマ。
しばしの静寂。
その中にセシリアはただ一人立ち尽くしていた。
「勝った…。」
勝利の余韻に酔う間もなく、城中に振動が走った。
「まさか!」
次々と倒れる柱。落ちてくる天井。崩れる床。床の下には果てしない暗黒。
「……!?」
かわす間もなく、セシリアは三人の亡骸とともに穴に吸い込まれていった。
「…ここは光の鎧のあった洞窟…!?」
アイリスたちを担いで進むうちに、背後で大きな音がした。ゾーマの城とつながっていた大穴が壁によって塞がれていた。
しかし、セシリアの頭の中には仲間を外に連れ出すことしかなかった。ようやく三人をともに洞窟を出ると、やっとセシリアの目に涙が浮かんだ。
「ありがとう…アイリスたちのおかげでゾーマを倒せた。でも、みんなはもう…。」
その瞬間、頭上に光が差した。アレフガルドに光が戻ったのだ。
「あ…。」
久しぶりの日光に目を細めるセシリア。
「う…ぅ…。」
はっとして見ると、アイリスたちが息を吹き返しているではないか。
「ここは…エレフガルド…?」
「日の光が戻っているってことはゾーマを倒したってことか。なっ、セシリア!?」
大きくうなずくセシリア。
「やったな、セシリア!」
肩を抱き合い喜び合うパーティ。
「帰ろう、みんな。アリアハンへ!」
次の瞬間、空が閉じる音がした。
慌ててルーラを唱えるが、アレフガルドの街にしか行くことができない。
「どうして…。そうだ、マイアの村の預言者なら何か分かるかもしれない。」
マイアの村に駆けつけたパーティを待ち受けていた言葉は厳しいものであった。
「あなたたちは二度と元の世界には戻れません。このアレフガルドの地で一生を終えるのです。」
パーティに失望感が走る。
(母さん…。)
セシリアは故郷に残した母を想った。
(やっと母さんと平和に暮らせると思っていたのに…。)
よく見ると、最もショックを受けていたのはシンシアであった。無理もない。彼女はアリアハンに恋人、武闘家のアトラスを残してきたのだから。
セシリアは泣きたい気持ちを抑え、頭を下げる。
「ごめんなさい。世界を救うためとはいえ、私の父の敵討ちにみんなを巻き込んで…。その上、こんな結果になるなんて…。」
「何言ってんだよ。あたいはただゾーマの野郎をぶっとばせればよかったんだ。元の世界に戻れないのは寂しいけど、後悔はしてないよ。」
アイリスは明るく答えた。
「シンシア…。」
セシリアはシンシアに視線を向ける。
「気にしないで、セシリア。もともとこの命を賭けてでもゾーマを倒すつもりで来たのだから、アトラスも分かってくれるわ。それに、たとえ体が遠く離れていようとも、私とアトラスの心はつながっているもの…。」
あふれる涙をこらえつつ、シンシアは健気にも笑顔で答えた。
「それではラダトームの城に戻りましょう。ゾーマ討伐の報告へ。」
きんさんの言葉にうなずくセシリア。
「ええ、行こうみんな。ラダトームへ。」
「勇者様ばんさーい!」
「ありがとうございます。アレフガルドは救われました。」
街に活気が戻った。パーティは街の人々の大歓迎を受けて、普段なら五、六分で行ける城にも一時間以上もかかってしまった。
「よくやった若き勇者よ。そなたにアレフガルドに伝わる勇者ロトの称号を与えよう。」
「勇者…ロト…?この私が…。」
「そうだ、勇者ロトよ。そなたがこのアレフガルドの地を救ってくれたことは、後々まで伝説として語り継がれていくであろう。」
「光栄です。すべては仲間や行く先々で私たちを励ましてくれた方々の力があってこそのもの。これらの方々の想いも併せて、ありがたくロトの称号を貰い受けましょう。」
勇者セシリアは深々と頭を下げた。
(よかったな…セシリア。)
アイリスたちはうっすらと涙を浮かべつつ、つぶやいた。
パーン!ドドーン!
盛大に花火が上がる。街は勇者ロトを讃えて、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎとなっていた。
パーティは初め、街の人たちの祝福にもみくちゃにされていたが、次第に勇者が通り過ぎても気付かれないほどのお祭りムードと化していた。
そうこうして、郊外へとやって来た。中心街と違ってひっそりとしたものだ。
「フー、すごい騒ぎだったな。」
「無理もないさ。ようやくこの土地に平和が戻ってきたんだから。」
「ねぇ…。みんな、これからどうするの?」
いきなり、セシリアが尋ねる。
「これから?あたいはね…ルビス様が海の向こうにも国を作るって言うから、一緒に行って国づくりを手伝うつもりだよ。」
アイリスは希望に目を輝かせながら答えた。いつも前向きに生きる彼女らしい選択だ。
「私も新たなる国で学問を教えていくつもりです。」
きんさんも決意を口にする。
「私は…このラダトームに残り、この戦いを人々、特に子供たちに語っていくつもりです。皆の勇気を子孫に伝えていけば、もしもこの土地に邪悪が現れたとしても、勇敢に立ち向かっていくことでしょう。」
(シンシアは私たちの戦いを語り継いでいくんだ…。アトラスを想いながら…。みんなもそれぞれの行く道を決めているし…。)
「セシリアはどうするんだい?」
「え?わ、私はまだ何も…。どうしようかな、これから…。」
本当にセシリアはこれからのことを何も考えていなかった。男なら新たな冒険にでも出ようと思うのだろうが、父の敵を討ち、無理に男の格好をする必要がなくなった今、目標を失っていたのだ。
「ふふ…。そうだろうと思って、さっき貰ってきたのよ。」
そういってシンシアは女性用の服を取り出した。
「これは…?」
「何言ってんだよ、あんたのに決まってるじゃない。誰もいないみたいだし、あそこの女中小屋を借りるとするか。ほら、行くよ!」
きょとんとするセシリアの腕をつかんで、アイリスとシンシアは小屋へと連れて行く。
「きんさんは外で待ってるのよ!」
「はいはい。」
十分ほど経ったであろうか。三人の女が小屋から出てきた。
「お待たせ~。」
手を振っているのはシンシアだ。その後ろを鎧を担いだアイリスが続き、最後に現れたのは…。
「ほお、なかなか似合ってるじゃないか。」
きんさんがため息混じりに目を細める。
そこにはスカートをはいた勇者ロト、セシリアが立っていた。
「へ…変じゃない…?なにせ十年ぶりだから…。」
慣れないスカートで歩きにくそうにセシリアが近づいてくる。その頬は赤く染まっていた。
「似合ってるわよ、セシリア。」
シンシアが横でささやく。
「あなたはこの十年間、男として充分すぎるぐらい戦ってきたわ。これからは、この新しい土地で一人の女の子、セシリアとして暮らしなさい。そして女として生きて幸せを掴むのよ。私の分も…。」
「シンシア…。」
「みんな、勇者は男だと思ってるんだ。その格好なら誰にも分からないさ。これなら煩わしくなく過ごしていけるだろ。」
「ありがとう、みんな…。本当に…。」
セシリアの顔に会心の笑顔がはじけた。
「みんな、お別れね…。」
シンシアがつぶやいた。
「ああ、あたいは日が暮れる前に出発したいからな。じゃ、あばよ。」
「私もそろそろ行かねば…。それではみなさん、お元気で…。」
アイリスときんさんが歩き出す。
「私も行くわ。とりあえず北にでも…。シンシアもお元気で…。」
シンシアはうなずいた。
「お幸せに、セシリア。」
シンシアはセシリアの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
四人はそれぞれの人生へと旅立った。四人の長い戦いは後世へと語り継がれ、人々に勇気を与えるであろう。
そして伝説へ…。
***